映画「初恋のきた道」ネタバレあらすじ結末と感想
映画「初恋のきた道」ネタバレあらすじ結末と感想

映画「初恋のきた道」ネタバレあらすじ結末と感想

映画『初恋のきた道』のネタバレあらすじ結末と感想。初恋のきた道の紹介:1999年アメリカ,中国映画。チャン・イーモウ監督が初めて淡い恋心を抱く少女を題材に美しい四季を背景に描いた作品で、ベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞しました。 監督:チャン・イーモウ 出演者:チャン・ツィイー(チャオ・ディ(若き日の母))…1page

初恋のきた道は、中国では「私のお父さんとお母さん」というなんとも素っ気無い原題だが、内容はまさしく邦題の通り。貧しい農村に住む少女が、村で始めて出来た学校にやってきた先生に恋をし、その初恋が実るまでの道のりを、その息子が語る形の物語。憧れの先生に食べてもらう為に料理を作ったり、学校に近く、家からは遠い井戸まで水汲みに行ったり、とその健気で切ない乙女心をつい応援してしまう。 面白いのは、父の葬式の為に街から村へ帰って来た息子と、老いた母の「現代」がモノクロ、父と母の初恋の「昔」がカラーであること。老いた母が回想していると思えば、これも自然か。東山魁夷の描く山のような光り輝く自然と、チャン・ツィイーの初々しい魅力が美しく描かれていて、話のテンポも早すぎず、見ていて心洗われるようだった。チャン・ツィイーの美しさに対し、チョン・ハオがかっこよすぎないところも現実感があっていいのかも。因みに初恋のきた道の英語の題名は The Road Home (家路)だそうで、これはこれで映画「初恋のきた道」のテーマには合っている。英語で First Love というとポップで軽いから、合わないだろうな。

「初恋のきた道」感想・レビュー

  • ヌベールさんの感想

中国映画界の巨匠、チャン・イーモウ監督といってもピンとこない方も多いかもしれませんが、「初恋のきた道」というタイトルを聞けば、ご覧になった方も案外多いかもしれませんね。 物語はいたって単純で、ある村に小学校教師としてやってきた青年と、村の少女との(生涯を通じての)愛を描いた作品といっていいと思います。 しかしこれほど素朴な世界を描きながら、チャン・イーモウ監督の感性が随所にきらめき、一度観たら忘れられない傑作に仕上がっていると私は思います。 チャン・イーモウ監督といえば、1989年の「紅いコーリャン」で一躍世界に知られる監督になりましが、その後も世界各国の映画祭で賞を受賞するなど、傑作が多いことで知られています。 私が特に印象深いのは1991年の「紅夢」で、そのワンカット、ワンカットの完璧な美しさといったら目を見張るばかりでした。 そしてそのチャン・イーモウ監督が作った1999年の「初恋のきた道」は、同様に素晴らしい映像美で純愛が綴られています。 ピンクの服を着て、赤いマフラーをした少女が山道で生徒たちを連れた青年とすれ違う場面、あるいは青年が少女の家を訪れ、入口から少女が青年を迎えに出る場面、そして赤い服を着た少女が草原を走って家へ帰る場面などは、いつか自分にもこんなことがあったような気がするな、という不思議な懐かしさにあふれているのです。個人的には、これらはチャン・イーモウ監督の一種の心象風景にも似た内的表現だと考えています。 チャン・イーモウ監督の映像は、ただ単に美しいだけでなく、そこまで深いのでしょう。 さらに付け加えれば、音楽も良かったと私は思います。この主題曲を聴くたび、私はこの懐かしい映像美を思い出さずにいられません。 こうした素晴らしい芸術作品を世に送り出す天才たちに、私はいつも、ありがとうと感謝したくなります。 この映画は私にとって、そういう作品のひとつなのです。

この映画「初恋のきた道」は、世界的名匠チャン・イーモウ監督が描いた、清冽で瑞々しく繊細なタッチの映画史に残る永遠の名作だと思います。 この映画「初恋のきた道」は、中国を代表する世界的な名匠のチャン・イーモウ監督による”しあわせ三部作”の1作目の「あの子を探して」に続く2作目の作品(3作目は「至福のとき」)で、一本の道を通して生まれた”清冽で瑞々しく繊細なタッチ”の映画史に残る初恋の物語です。 物語は父親の葬儀のために故郷の村に帰郷した息子が、その村で長く語り草になっている両親のなれそめを回想するというノスタルジックな展開で描かれていきます。 この映画の中国語の原題は「我的父親母親」で、”私のお父さん、お母さん”という事で主人公の息子の視点からの題名で、日本語題名の「初恋のきた道」は、ヒロインの少女チャオディの視点からの題名になっていて、英語の題名が「The Road Home」という事で、それぞれに味わい深い題名になっていますが、個人的にはやはり「初恋のきた道」が一番好きな題名ですね。 山あいの小さな村へ町からやって来た新任の若い小学校の教師チャンユーと、彼に恋する思いを伝えようとする少女チャオディ。 新校舎の建設現場に、手作りの弁当を運ぶ事で、彼女はその思いを伝えようとします。 そして、次第に彼等は言葉を交わし、心を通わせていきますが、”文化大革命”という大きな時代のうねりの中、彼は政治的な理由で町へ強制連行されます。 この突然の予期せぬ別離によって少女チャオディは、悲しみに打ちひしがれ、途方に暮れながらも、ただひたすら町へと続く一本道で来る日も来る日も恋する人を待ち続けます。 この若き日の母親役としてチャン・イーモウ監督に抜擢されたのが、この映画がデビュー作となる新星、チャン・ツィイーで純粋無垢で可憐な少女チャオディを鮮烈に演じていて、この映画の魅力の大半は彼女の存在抜きには考えられません。 チャン・ツィイーは、この映画の翌年の「グリーン・デスティニー」(アン・リー監督)で世界的にブレークし、2003年のチャン・イーモウ監督の「HERO(英雄)」でも華麗で鮮やかな演技を披露しています。 チャン・イーモウ監督にとっては、”第二のコン・リー”とでも言うべき存在の女優になっていきます。 チャン・イーモウ監督も、彼女をいかに可憐で魅力的に描こうかと強く意識していて、映画の大部分は彼女のクローズアップで構成され、その瑞々しくもチャーミングな存在感は、映画全体を爽やかに明るく躍動させていると思います。 我々、映画を観る者は彼女が微笑むと、一緒になって微笑み、彼女が涙を流すと、一緒になって涙を流すという、久しく忘れかけていた感情を呼び覚ましてくれます。 彼女はそんな我々映画ファンの心の琴線を震わせるヒロイン像なんですね。 そして、現在のシーンをモノクロで撮影し、過去をカラーで撮影するという映像の手法が、初恋の思い出をより美しくきらめかせ、ロマンティックな効果を与えているように思います。 過ぎ去りし日を描く、カラー撮影の言葉では到底言い表わせないような美しさは、初恋の瞬間のときめき、きらめきを鮮やかに表現していて、ため息がもれる程の映画的な陶酔の世界を味わえます。 誰にとっても思い出とは、いつまでも永遠に美しいままで記憶されるもの、そんなチャン・イーモウ監督の優しい思いが伝わるようで、麗しき映像は郷愁さえも呼び覚ましてくれます。 そして、更には中国の何千年と続く悠久の大地、黄金色の麦畑、純白の雪原を鮮やかにとらえた映像が叙情性を高めてくれます。 正しく、息をのむようなシーンの連続です。 父母への追慕の気持ちは、息子である主人公の人生にも深みをもたらし、父の棺を担いで帰りたいと強情を張る老いた母と、父が去った学校を健気に守り続けた若き日の母が二重に重なった時、”過去と現在が一本の道で繋がり”、感動が一気に頂点に達します。 初恋の延長の上にある、母であるヒロインの長い人生を目のあたりにして、主人公の息子も我々映画を観る者も、一途に人を思う気持ちというものが、信じられないような”力”を生む事を知り、つらく厳しい事も多かっただろうが、それはそれで幸せな人生だったのだろうと心の底から強く感じます。 映画を観終えて思うのは、この映画のようにシンプルな物語からは、純粋な愛の力強さがくっきりと鮮やかに浮き上がってきます。 心が荒みかけているこの時代に、忘れかけていた素直な感動を与えてくれる”愛の賛歌”とも言えるこの「初恋のきた道」をこれからも、心の宝石とすべく、何度も繰り返し観たいと思っています。