滋賀県立聾話学校とは? わかりやすく解説
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日本には、滋賀県立聾話学校と(私立)日本聾話学校のみ、聾「話」学校という校名を使用している。滋賀県立聾話学校の創立者 西川吉之助は、自身の三女 濱子が聾があることを知り、京都市立盲唖院聾唖部の参観に行く。しかし、「聾唖部」という名前の通り、「手真似」による教育を行い、子どもたちは音声による会話をしていなかった。吉之助は「聾たるが故に言語聴習の機を失い為に唖者たるべく余儀なくされた」と考えた。アメリカへの留学経験もある吉之助は、当時のアメリカの聾学校で主流となっていた口話法を知り、私財を投じ、西川聾口話教育研究所を創設、濱子に話すための教育を始めた。

90デシベルほどの難聴であった濱子は口話法により音声を話すようになり、また、吉之助により言語指導の成果で日本語の読み・書き能力も高めることができた。吉之助はアメリカの文献にある「no dumb longer」を「もはや唖なし」と翻訳し、口話法教育の成果として濱子と共に全国行脚することで、口話法を全国に拡げた。吉之助の研究所はその後、滋賀県立聾話学校となるが、その際、聾唖ではなく、聾であっても話せる(音声によって言語を獲得できる)との思いを現すために、「聾話学校」という校名を自らが創立した学校に付けた。

脚注

  1. ^ “りっとう再発見 (166)「栗東市川辺の地名の由来と変遷」” (PDF). 広報りっとう 2021年3月号(No.986). 栗東市. p. 9 (2021年3月). 2024年7月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年7月15日閲覧。 “(川辺地区の地名に関する読み物)”
  2. ^ abc “学校長から”. 滋賀県立聾話学校. 2024年5月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年9月7日閲覧。
  3. ^ “滋賀県 近江八幡市 仲屋町上の郵便番号”. 郵便局. 日本郵便. 2024年9月7日閲覧。 “(読み仮名に関する資料)”
  4. ^ ab “滋賀県立聾話学校の最寄り駅・バス停・駐車場”. NAVITIME. ナビタイムジャパン. 2024年9月7日閲覧。
  5. ^ 「聾話(ろうわ)学校の存続・充実を!」『滋賀報知新聞』2010年2月5日。2024年9月7日閲覧。

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