小田原を楽しむ総合情報マガジン|小田原ナビ
よくわかる小田原の歴史についての記事です。観光の歴史の名所の小田原のおすすめの情報について書いています。
平将門を討った坂東武者として有名な藤原秀郷(俵藤太)の子孫・ 佐伯経範が秦野近辺に移り住み波多野氏を名乗り、そこから支流を 増やしていきました。そのまま南西部の方に勢力を伸ばし、その時 の武将の名前が地名としていまだに残っており、秦野(波多野) や渋沢、栢山なんかはそこから来ています。ちなみに小田原城の基 となった居館は平安時代末期くらいに建てられたらしいですが、現 代で知られる城っぽい形ではなかったみたいです。ちょっと大きい 家みたいな。そこから獲って獲られてしながら大きくなっていった みたいです。
○室町〜戦国時代
伊勢平氏をルーツと称する北条氏(鎌倉時代の執権家・北条氏とは 別)が小田原城に入城し、北条氏の祖・北条早雲(伊勢宗瑞) が大幅に城下町を拡張しました。以後北条氏が5代100年に渡っ て関東での勢力を拡大していき、関東支配の中心拠点として整備拡 張されていきました。驚くべきは全長9kmに及ぶ総構( 城壁とか堀とか土塁とか)の巨大さ。 豊臣時代の大坂城すらしのぐ大きさでした。いかに当時の北条氏の 関東における勢力が大きかったか推察できます。
そしてこの時代に小田原用水が造成されました。小田原は海のそば にあるため地下水を汲み上げても塩分が多く飲用には適していませ んでした。城下町の発展と共に増加する人口を支えるための生活用 水として、芦ノ湖を水源とする早川の水を小田原市板橋の取水口か らから取り入れ、旧東海道に沿って水路を造り城下町内部へ流すと いう大規模な工事を進めました。この小田原用水は日本最古の上水 道といわれています。江戸の玉川上水や神田上水はこれを参考に造 られたと考えられています。 現在はほとんどが暗渠になっていますが、もちろん今も小田原市民 の水源として活用されています。
○安土桃山〜江戸時代
豊臣秀吉による小田原征伐によって北条氏による支配は終わりまし た。その後の北条氏は豊臣家に仕え、江戸時代になると徳川家に仕 え、北条氏盛が外様大名として現在の大阪府南部にあった狭山藩の 初代藩主となりました。
その後は小田原藩が置かれ、小田原城には徳川家康の腹心である大 久保忠世が入城し、小田原藩を治めました。天下泰平の時代になる と小田原城も縮小され、箱根の山越えを控えた宿場町として東海道 五十三次中最大の規模を誇りました。
○明治〜現代
明治に入るとすぐに小田原城の城内の建築物はほぼ取り壊されまし た。そして廃藩置県により小田原藩は小田原県となり、再編による 足柄県を経て神奈川県に編入されることとなります。明治の中頃に 熱海線(現在のJR東海道本線)、小田原急行鉄道(現在の小田急 電鉄)ができました。
大正時代には関東大震災、第二次世界大戦では空襲も受けるなどの 苦難の時期を超えて、昭和中期には小田原城の再建、新幹線の開通 などもあり観光客も増加しました。そして現在も都心へのアクセス の良さ、往年の城下町の風情を感じられる街並みやマリンレジャー など、魅力溢れる街として続いています。
すみません、冒頭にかいつまんでと書いたわりにはやや長くなって しまいました(笑)。そんなついつい文章も長くなってしまうほど の歴史ある町・小田原へ是非遊びに行ってみてはいかがでしょうか 。
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