『平家物語』巻第十一より <br />先帝 ( せんてい ) 入水 ( じゅすい )
『平家物語』巻第十一より <br />先帝 ( せんてい ) 入水 ( じゅすい )

『平家物語』巻第十一より 先帝 ( せんてい ) 入水 ( じゅすい )

『平家物語』 「先帝入水」 の現代語訳と解説。「源氏の兵ども、すでに平家の船に乗り移りければ、〜千尋の底へぞ入りたまふ。」まで

「君はいまだ知ろしめされさぶらはずや。前世の十善戒行の御力によつて、今万乗のあるじと生まれさせたまへども、悪縁に引かれて、御運すでに尽きさせたまひぬ。まづ 東 ( ひんがし ) に向かはせたまひて、伊勢大神宮に御 暇 ( いとま ) 申させたまひ、その後 西方浄土 ( さいはうじやうど ) の 来迎 ( らいかう ) にあづからむと思しめし、西に向かはせたまひて御念仏 候 ( さぶら ) ふべし。この国は 粟散辺地 ( ぞくさんへんぢ ) とて心憂き境にてさぶらへば、極楽浄土とて、めでたき所へ具しまゐらせさぶらふぞ。」

と、泣く泣く申させたまひければ、 山鳩 ( やまばと ) 色の 御衣 ( ぎょい ) にびんづら 結 ( ゆ ) はせたまひて御涙におぼれ、小さくうつくしき御手を合はせ、まづ東を伏し拝み、伊勢大神宮に御暇申させたまひ、その後西に向かはせたまひて、御念仏ありしかば、二位殿やがて抱きたてまつり、

と慰めたてまつつて、 千尋 ( ちひろ ) の底へぞ入りたまふ。

現代語訳

『平家物語』 「先帝入水」 の現代語訳と解説。「源氏の兵ども、すでに平家の船に乗り移りければ、〜千尋の底へぞ入りたまふ。」まで

「陛下はまだご存じでいらっしゃいませんか。前世での善い行いのお力によって、今万乗の主としてお生まれになったけれど、悪い因縁に引かれて、ご運はとうとう尽きなさった。まずは東にお向かいになって、伊勢の大神宮にお暇を申し上げなさり、その後西の方の浄土の(菩薩様の)お迎えを受けようとお思いになり、西にお向かいになってお念仏をお唱え申し上げなさいませ。この国は 粟散辺地 ( ぞくさんへんち ) といってつらい辺境の地でございますので、極楽浄土という、良いところへお連れ参上し申し上げましょう。」

平家物語 ( へいけものがたり )

作者は不詳。『徒然草』には 信濃前司行長 ( しなののぜんじ ゆきなが ) という人物の作という話があるが、確定には至っていない。 鎌倉時代前半、1230年前後の成立と考えられている。

滅び行く平家一門の運命を描く軍記物語。無常観を主題としている。 琵琶法師によって琵琶を弾きながら語られた。

「 めづらしき 東男 ( あづまをとこ ) をこそ、御覧ぜられさうらはむずらめ 」とは?

源氏(東国の武士)が攻めてくるという切迫した状況のこと。 それを、新中納言は「珍しい東国の男たちをご覧になるでしょう」と冗談めかして表現している。

これに対して、女房たちが「今の 戯 ( たはぶ ) れ ぞや」(またまたご冗談を)と言っている。