箏(琴)の歴史について
1.古代 始めに・「箏」と「琴」の違い まず始めに「こと」の漢字には「琴」と「箏」があります。一般的には「琴」
もともと「こと」とは古代日本では弦楽器の総称でした。ですので、本来は「琴(きん)のこと」「箏(そう)のこと」という名前です。 「箏」には「箏柱(ことじ)という可動式の支柱で音程を作ります。それに対し「琴」には無く、指で絃を押さえ音程を作ります。 ですので、現在一般的に「こと」という楽器は「箏」の漢字が正しいのです。 ただし、現代では琴(きん)も箏(そう)も「こと」といっていますので、完全な間違いとはいえない部分もあります。 「琴」には大正琴、七絃琴等の楽器があります。
箏(琴)の歴史・古代
現在の「箏」の発祥は中国で、原型となる楽器が奈良時代頃に伝来したといわれています。 ですが、日本には「和琴、倭琴」(わごん、やまとごと)がありました。神楽や古楽の伴奏に使っていた様です。 各地で出土した埴輪にもこの倭琴を弾く姿を模した物が発掘されています。 これは大きさも小さく6絃の楽器で、膝に乗せて演奏していたようです。
2.中世
雅楽で用いられた箏は「楽箏(がくそう)」といわれていました。 平安時代には文学作品の「枕草子」や「源氏物語」、平安末期の平家の栄枯盛衰を描いた「平家物語」等に箏の描写があります。 しかし、歴史書にはあまり言及されていません。
平安時代が終わり、鎌倉時代、室町時代になると、公家中心から武家社会へと移っていき、箏はあまり演奏されなくなっていきました。 しかし、安土桃山時代になると九州の賢順という僧が中国の琴や箏、雅楽の箏を学び、筑紫(ちくし)流箏曲へと発展させました。 筑紫流本曲である「組歌」を作曲しました。 それまで雅楽では合奏用の楽器でしたが、独奏曲を演奏し、楽器自体にも改良を加えました。 これを「筑紫箏」といいます。
3.江戸時代前編
江戸時代になると「八橋検校(やつはしけんぎょう)1614~1684」が前述の筑紫流を学び、箏曲の基礎を作りました。 雅楽の「楽箏(がくそう)」にたいして「俗箏(ぞくそう)」と呼ばれています。 八橋検校は筑紫流組唄を改造し、八橋流組唄をまとめました。 そして、現在でもよく演奏される「六段調」を作曲しました。 これは「段もの」と呼ばれる、唄が無い曲(器楽曲)の代表的な曲です。 また、調絃法をそれまでの雅楽調の律音階から当時流行の半音階を含む都節音階へと変えました。 これを「平調子(ひらぢょうし)」といいます。 八橋検校は三味線と胡弓の名手でもありましたので、このような新しい調絃法を考案できたと考えられています。
八橋検校の「検校」とは盲人の組織の「当道座」の官位で、検校が最高位で、順に別当(べっとう)、勾当(こうとう)、座頭(ざとう)と続きます。 映画等で有名な「座頭市」は「座頭」という位の「市」さんという事ですね。 この組織は公的なもので、江戸幕府からも公認されていましたので、最高位の検校は社会的地位も高かったようです。
生田流のおこり八橋検校の門人、北島検校に師事した京都の「生田検校(1655~1715)」から始まった流派です。 箏爪を四角く改良したり、三味線との地歌での合奏を始めた、「平調子以外の調絃法(半雲居・中空等)を創始したとの説が有力ですが、確証はありません。 当時上方では生田検校の他にもいくつも新流派が生まれ、独自に爪の改良や作曲、三味線(地歌)との合奏を行っていたようです。 ですが、生田検校の改革で、地歌が盛んになり沢山の曲が産まれるきっかけとなりました。 生田検校門下の米山検校の系統から菊永検校が出て、大阪の生田流菊筋の祖となりました。 生田流では三味線と合奏する時、三味線と同じ旋律をなぞるだけでした。(これをベタ付けといいます) ですが、1800年頃になると三味線の旋律とは異なる箏の旋律を作曲し、合奏しました。 このように三味線の主旋律と違う旋律で合奏する箏曲を「替手式箏曲」といいます。 京都では松浦検校や八重崎検校は過去の菊岡検校(茶音頭、夕顔など)や石川勾当(八重衣、融、新青柳など)の作品に替手を付け、替手式箏曲の大成者といわれています。 こうした器楽合奏を「京物」と呼びました。 現在演奏されるいわゆる生田流の古典曲はこの京流手事物となっています。
山田流のおこり山田流は「山田検校(1757~1817)」が江戸で始めました。 当時江戸ではあまり箏曲が盛んでありませんでした。 そこで、安村検校が弟子の長谷富検校を江戸に派遣し生田流の普及をはかりました。 長谷富検校の弟子になった山田松黒は組歌の楽譜「箏曲大意抄」を刊行しました。 この山田松黒に弟子入りしたのが、三田斗養一(後の山田検校)です。
当時、江戸での流行は劇場音楽の三味線による浄瑠璃でした。 山田検校は浄瑠璃の長所を色々と取り入れ、三味線ではなく箏を主奏とする新様式の歌曲を創作しました。 山田検校作曲の「江ノ島」に続く、「熊野(ゆや)、「葵の上」、「長恨歌」、「小督(こごう)」は「奥四つもの」と呼ばれ、山田流の中で重要な箏曲となりました。 生田流では三味線主体で器楽的に発展した箏曲ですが、山田流では声楽(歌)が中心で箏を主体としています。
山田流の特徴としては山田検校考案の丸爪です。 また、座り方は楽器に対して正面に座ります。 山田の考案した箏は音量も大きく豊かなため、現在は生田流の奏者でもほとんどが山田流の箏を使用しています。
4.江戸時代後編
生田流と山田流がおこりましたが、この二流派は全く別の曲を演奏していたわけではありません。 山田流でも八橋検校から始まる組歌や、地歌系の箏曲は演奏していました。 そして前述した京流手事物をはじめとする替手式箏曲は関西中心に大いに発展しました。 しかし、1830年頃から器楽的な展開を追及し続ける箏曲に反動が起こりました。 華やかで技巧的なな手事物や替手式箏曲から簡素な技巧と高尚な歌詞の古典への回帰の風潮が現れました。 現在では全て「古典」とひとくくりにされがちですが、当時でも八橋検校の時代から200年近く経っていましたので、すでに組歌や六段等は「古典」となっていました。 派手さばかり追いかけていたものから原点回帰で簡素なものへという風潮は現在でも色々な分野で見られると思います。 そうした箏曲復古運動は光崎検校が代表的な人物です。 三味線中心から本来の箏曲への転換の代表作として「五段砧」があります。 また、こうした運動は名古屋の吉沢検校にも引き継がれました。 胡弓の名手であった吉沢検校は、本来胡弓の曲であった「千鳥の曲」を箏曲に編曲しました。 さらに、「春の曲」、「夏の曲」、「秋の曲」、「冬の曲」の4曲を含め、全て「古今和歌集」から和歌を歌詞としました。 そこで、これら5曲を「古今組」と呼びます。 またこの古今組のために新しい「古今調子」という調絃法も考案しました。
5.明治から現代へ
明治明治時代に入り、当道が廃止されると、盲人以外の一般人でも箏の演奏家になることが出来ました。 そのため、作曲も盛んに行われ特に大阪で盛んでした。 この頃の曲を「明治新曲」と呼びます。 代表的な曲に「嵯峨の秋」や「秋の言の葉」等があります。 これらの曲は当時流行の明清楽(中国より伝わった)の影響を受け、陽音階での新調絃を工夫し、新しい調子を作りました。 また、なるべく三味線を用いず箏だけの合奏としてつくられた曲が多かったようです。
新日本音楽この新日本音楽の代表的人物といえば生田流の「宮城道雄(1894~1956)」でしょう。 宮城道雄は11歳で免許皆伝となり、13歳で朝鮮の仁川(現在の韓国)に渡り、箏と尺八を教えていました。 14歳で「水の変態」を作曲し、伊藤博文に評価されました。 その後日本に戻り、作曲家としても活動しました。 宮城道雄は作曲だけでなく、楽器の改良や新しい楽器の開発も行いました。 最も有名なのが「十七絃」でしょう。他にも八十絃や短箏、大胡弓なども開発しました。 そして1929年「春の海」を発表。 発表当初はあまり評価されていませんでしたが、フランス人の女流ヴァイオリニスト ルネ・シュメーとの競演が話題になり、世界的に評価されました。
山田流では久本玄智や中能島欣一らがこの運動に影響を受け、新しい作品を多数発表しました。 特に中能島欣一は「さらし幻想曲」や「三つの断章」等名曲を残しています。 また、宮城道雄と共に東京音楽学校(今の東京藝術大学)で後進の指導も積極的に行いました。
現代邦楽そして1964年頃から現代音楽の作曲家の間で「邦楽器ブーム」がおこり多数の作品が発表されました。 また和楽器版プロオーケストラといえる「日本音楽集団」が誕生し現在も活動しています。 長沢勝俊等の作曲家が作品を作り、これらは現在「現代邦楽」と呼ばれています。 現在では多様な演奏家が生まれ、伝統的な流派の伝承だけでなく、 ロックバンドを結成したり、他ジャンルの楽器とユニットを結成したりと多様な演奏スタイルで活動しています。
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