「ある人、弓射ることを習ふに」『徒然草』読解のコツ(本文解説)&現代語訳
【元予備校講師、進学校教員が徹底解説】『徒然草』「ある人、弓射ることを習ふに」の読解を5ステップ図解付きで丁寧解説。読むだけで文脈理解がスッと身につきます!
ある人、弓射 (い) ることを習ふに、諸矢 (もろや) をたばさみて的 (まと) に向かふ。師のいはく、「初心の人、二つの矢を持つことなかれ。のちの矢を頼 (たの) みて、初めの矢になほざりの心あり。毎度ただ得失 (とくしつ) なく、この一矢 (ひとや) に定 (さだ) むべしと思へ。」と言ふ。わづかに二つの矢、師の前にて一つをおろかにせんと思はんや。懈怠 (けだい) の心、自 (みづか) ら知らずといへども、師これを知る。この戒 (いまし) め、万事 (ばんじ) にわたるべし。 道を学 (がく) する人、夕べには朝 (あした) あらんことを思ひ、朝 (あした) には夕べあらんことを思ひて、重ねてねんごろに修 (しゆ) せんことを期 (ご) す。いはんや、一刹那 (いつせつな) のうちにおいて、懈怠 (けだい) の心あることを知らんや。なんぞ、ただ今の一念 (いちねん) において、ただちにすることのはなはだかたき。(『徒然草』より)
登場人物の確認 お話を簡単に理解(あらすじ)- ある人が弓を射ることを習うときに、二本の矢を持って的に向かう
- 師は「初めの矢をおろそかにするので、二本の矢を持つな」という
- 初学者が自分では分かっていなくても、師は怠け心が生まれることが分かっている
- この戒めはあらゆることにわたる
- 仏道を修行する人は、後になってもう一度ゆっくりと修行しようと考える
- これが「怠け心」であるが、弓を射るような一瞬間にも「怠け心」があることを知らない
- すぐに実行することが非常に難しい
- のちの矢を頼みて、初めの矢になほざりの心あり。
- 一つをおろかにせんと思はんや。
- 重ねてねんごろに 修 (しゆ) せんことを 期 (ご) す。
- いはんや、 一 (いつ) 刹 (せつ) 那 (な) のうちにおいて、懈怠の心あることを知らんや。
- なんぞ、ただ今の一念において、ただちにすることのはなはだかたき。
ある人、弓射ることを習ふに、 諸 (もろ) 矢 (や) をたばさみて的に向かふ。師のいはく、「初心の人、二つの矢を持つことなかれ。
ある人が、弓を射る(=矢を射る)ことを習うときに、二本(で一対)の矢を手にはさみ持って的に向かう。師匠が言うには、「初心者は、(的に向かうとき)二本の矢を持ってはならない。
①後の矢を頼みて、初めの矢になほざりの心あり (訳)はこちら(タップで表示)(人間には)後の矢(二本目)をあてにして、初めの矢(一本目)をおろそかにしてしまう心がある
ここは、「頼む」と「なほざり」の二語を覚えましょう。
「頼む」(動) (マ四)あてにする・頼る・期待する (マ下二)あてにさせる・頼りにさせる・期待させる
「なほざり」(名) =おろそか・いい加減
この後、 師は「二本持たずに、一本で決めようと思え」という 。それは一本目に「 怠 なま け心」が生まれるからだと言っています。でも、そう言われても次のように思うのではないでしょうか。それは②「一つをおろかにせんと思はんや」でお話しましょう。
《②までの本文解釈と現代語訳》のちの矢を頼みて、初めの矢になほざりの心あり。毎度ただ得失なく、この 一 (ひと) 矢 (や) に定むべしと思へ。」と言ふ。わづかに二つの矢、
(人間には)後の矢(二本目)をあてにして、初めの矢(一本目)をおろそかにしてしまう心がある 。(初心者は矢を)射るそのたびごとにただ成功失敗を考えることなく、この一本の矢で決めようと思え。」と言う。(さて初心者が)たった二本の矢(なのに)、
②一つをおろかにせんと思はんや (訳)はこちら(タップで表示)(最初の)一つ(の矢)をいい加減にしようと思うだろうか、いや、思うはずがない。
「おろかに」は 「おろかなり」 の連用形ですが、これは重要古語です。
「おろかなり」(形動・ナリ活) 1おろそかだ・いい加減だ 2言い尽くせない (「言ふもおろかなり」の略) 3愚かだ・未熟だ
ここでは、1の「いい加減だ」をとります 。「せん」の「ん」は意志の助動詞「む」、「思はん」の「ん」は推量の助動詞で、読みやすい「ん」と表記されています。 助動詞「む」 は様々な意味があるので、しっかりと学習しておきましょう。
「や」 ( 「か」 )は、 「疑問」 の意味と、強い否定を表す 「反語」(〜か、いや、〜ない) があります。ここは「反語」です。以上をまとめると、
「一つをいい加減にしようと思うだろうか、いや、思うはずがない。」
《③までの本文解釈と現代語訳》わづかに二つの矢、師の前にて一つをおろかにせんと思はんや。 懈 (け) 怠 (だい) の心、自ら知らずといへども、師これを知る。この戒め、万事にわたるべし。 道を学する人、夕べには 朝 (あした) あらんことを思ひ、朝には夕べあらんことを思ひて、
(さて初心者が)たった二本の矢(なのに)、師匠の前で(そのうちの)一本をおろそかにしようと思うだろうか、いや、思わない。なまけおこたる心は、自分ではわからないといっても、師匠はこれを知っている(のである)。この(師匠の)教訓は、(矢を射ることだけではなく)あらゆることに通じるはずだ。 仏道を学ぶ人は、夕方には翌日の朝があるようなことを思い、朝には(今日の)夕方があるようなことを思って、
③かさねてねんごろに修せんことを期す (訳)はこちら(タップで表示)もう一度熱心に修行しようということを心づもりする
「かさねて」は「もう一度」、「修す」は「修行する(「修行」は仏道修行、「修業」は自分の力を高める訓練など)」、「ん」は意志の助動詞「む」の撥音便形で「〜しよう」、「期す」は「心づもりをする」です。現代語に近いので、なんとか自分で解釈してほしいですね。あと、 「ねんごろに」 は重要古語なので、ここで覚えてしまいましょう!
「ねんごろなり」(懇ろなり)(形動・ナリ活) =親切だ・熱心だ・親密だ
ここでは 「熱心に」が文脈に合いそうです ね。
④いはんや一刹那のうちにおいて、懈怠の心あることを知らんや (訳)はこちら(タップで表示)ましてや一瞬間のうちにおいて、懈怠の心(怠け心)があることを知っているだろうか、いや、知らない。
「いはんや(況んや)」 は、漢文の句形(抑揚形)で出てきますが、 「まして(や)」 という意味を表します 。 「 刹那 せつな 」 はもともと仏教用語で、最も短い時間を表す言葉ですが、 「瞬間」 という意味です。「知らん」の「ん」は推量の助動詞「む」で「〜だろう」、 「や」 は 反語 で解釈すると意味が通じていきます 。
⑤なんぞ、ただ今の一念において、ただちにすることのはなはだ難き (訳)はこちら(タップで表示)なんと、ただ今の一瞬間において(も)、すぐに実行することが非常に難しいことであることよ。
「なんぞ」 は「何ぞ」なので疑問詞に見えますが、現代語でも「なんと」というと、「〜だなあ」に係っていき、詠嘆を示すことがあるように、 ここでは「なんと」と訳す言葉です 。また、「一念」は教科書に注があると思いますが、「瞬間」という意味で、先程の「一刹那」と同じですね。
《③以降の本文解釈と現代語訳》道を学する人、夕べには 朝 (あした) あらんことを思ひ、朝には夕べあらんことを思ひて、重ねてねんごろに 修 (しゆ) せんことを 期 (ご) す。いはんや、 一 (いつ) 刹 (せつ) 那 (な) のうちにおいて、懈怠の心あることを知らんや。なんぞ、ただ今の一念において、ただちにすることのはなはだかたき。
仏道を学ぶ人は、夕方には翌日の朝があるようなことを思い、朝には(今日の)夕方があるようなことを思って、(次の機会に) もう一度熱心に修行しようということを心づもりする 。 ましてや一瞬間のうちにおいて、懈怠の心(怠け心)があることを知っているだろうか、いや、知らない 。 なんと、ただ今の一瞬間において(も)、すぐに実行することが非常に難しいことであることよ。
おわりに(テスト対策へ)
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