東京大阪タイムトライアル、レコード更新を影で支えた参謀
1970年に藤田照夫さんが立てた「東京→大阪」の走破記録・23時間07分。本記事では、その記録の更新に挑んだ方について述べます。名前は橋本治。その挑戦の前年に国体ロード王者となった、当時のアマ最強選手です。 記録の更新のため、どんな戦略が取
ページをめくると、「東京-大阪タイムトライアル20時間50分」という見出しの書かれた記事が。8ページに渡る大特集です。記事の著者は、取材に同行した編集部の方(藤田さんの挑戦時にも伴走車に乗っていたらしい)。ただし、走者である橋本さんのレポートも2ページに渡って掲載されていました。最も驚いたのは、この橋本さんは1972年に行われた鹿児島国体のロード競技の優勝者であったこと。しかも、独走を得意とし、150km中50kmを逃げて勝ったそうです。本物のルーラーですね。
「とにかく自分は、走者としての責任を果たすだけで良く、 他のことは一切考えなかった。 実際に準備の段階ではほとんど何も行わず、食料の好みや、 使用タイヤ、それと出発時刻についての希望を言ったくらいであった。」
というもの。事前の作戦と、挑戦中のサポートは全て「港サイクリングクラブ」がやってくれたとのこと。確かに記事を読むと、この橋本さんは当時鹿児島在住で、わざわざこの挑戦のために東京まで移動したそうです。つまり、東京-大阪間に土地勘は無かったということになります。しかし、レポートには「道に迷った」という記述は一切ありません。
それだけ一筋縄では行かない「東京-大阪」のルート。それなのに、橋本さんは「他のことは一切考えなかった」と書いています。これはバックアップを行った「港サイクリングクラブ」が鍵を握っているに違いありません。
以前、東京の三田にあるクラブモデル(イギリス発のスポーツ自転車)の専門店「シクロサロン植原」に伺った時のことです。店の扉が開いていたので店に入ったものの、店主さんの姿は無し。「すみません」と声を掛けても、誰も出てこない。店内を見回すと、入り口のドアの上に
「東京-大阪タイムトライアル ◯◯◯君」
と書かれた白黒の写真が貼られていました。その時は結局店主さんには会えず店を後にしたのですが……確かこの時に見た名前が、「橋本治」だったはず。
「橋本君のトライアルね。あれの計画を立てたのは私ですよ。 伴走車の助手席から指示も出してました。」
そう、記事に書かれていた「監督」こそ、この植原さんだったのでした。ここから先の記事は、シクロサロン植原にて店主・植原さんから聞いた話と、ニューサイクリング1973年11号から構成したものです。
橋本さん(走者)のプロフィール
「とにかく雨でも風でも毎日100km走れ」
植原さん(監督)のプロフィール
1940年生まれ。法政大学を卒業後、丸石自転車に勤務。数年で退職して「シクロサロン」を開店したものの、丸石自転車には嘱託にて在籍。あの「丸石エンペラー」の設計を手がけたお方。
挑戦動機
「クラブの集まりでお喋りをしている時に何となく “東京→大阪を走りたいですね”と先輩に言った所、 “よし、やろう”と言われ、自分でも本気でやる気になった。」
と記載があります。当然意識したのは、1970年の藤田さんによる東京→大阪タイムトライアルの23時間07分という記録。
「照夫(藤田さん)は、私の後輩なんですよ。法政大学、丸石自転車という経歴はすっかり一緒。 彼の記録を抜こうってことになったんですよね。」 「条件を合わせるために、ルートは照夫と同じものにしたんですよ。」
目標は22時間。1973年9月5日の午前5時、皇居前から大阪に向けてのトライアルが始まりました。
挑戦結果
走行距離: 560.9km タイム: 20時間50分 平均時速: 27.4km/hこちらは詳細なタイムテーブル。現代の「東京大阪キャノンボール」においては、「なるべく休憩時間は短く」というのが定石となっていますが、橋本さんはかなりガッツリ休むタイプだったようです。よくこれだけ休んで20時間50分という記録が出せるものです……。
ルート&計画
「もう既に当時からウチ(港サイクリングクラブ)は全国各地を旅していましたから。 クラブ員の持っている地図を集めれば全国の詳細な地図が手に入ったんですよ。」 「バイパスについては現場に行かないと分からない。 でもそれも実際にツーリングで走ったクラブ員が知っていたんです。」
走行計画についても事前に作成しており、目標の22時間に対して、実際には21時間30分の予定で行程を作ったとのこと。事前に何度か橋本さんに100km程度の距離を走ってもらい、登り・平坦・下りのペースを掴んだ上で行程を立てたそうです。このアプローチは私が実際に「東京→大阪キャノンボール」に挑戦した時に取った方法とほぼ同じ。40年も前に同じ方法で作戦を立てていた人がいたわけですね。
結果として、計画よりも40分ほど速い20時間50分という記録が生まれたのでした。
自転車
「フレームはウチのオーダーフレーム。 車重は9kgくらいで、そんなに軽くはなかったな。」 「ただ、車輪は軽くした。 320gの軽量リムに、240gのチューブラータイヤ。 フレームよりも、車輪の方が影響は大きいからね。」
・リム: スーパーチャンピオン(チャンピオンドゥモンド) ・ハブ: Campagnolo Record 36H ・タイヤ: Hutchinson Corsa GT(240g)
タイヤを合わせた前後輪重量は2kg前後だったそうです。当時としてはかなり軽いのではないでしょうか。
ギヤは、前が50-46T。後は5段変速で14-21T。箱根は50-18Tで登り切り、鈴鹿は50-16Tで登り切ったそうです。信じられない。
装備
その他
まとめ
「計画が8割。ルートの下見をして、実績から計画を立てること」
と答えることが多いのですが、既に40年も前に同様のアプローチを「参謀」として授けていた人がいた事には驚かされました。
「このようなロードタイムトライアルは、一人では絶対に出来ないと思っている。 監督、メカニシャン、自動車のドライバー、そして走者が一つのチームとして まとまった行動をしてこそ初めて、良い結果が得られるのである。」
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- 歴代最速?東京→大阪、19時間45分の記録を追う
この記事を書いた人
【長距離ファストラン履歴】 ・大阪→東京: 23時間02分 (548km) ・東京→大阪: 23時間18分 (551km) ・TOT: 67時間38分 (1075km) ・青森→東京: 36時間05分 (724km)
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