【まちづくり】「ジュビロ」と「西武」が浜北に…?浜松、幻の開発計画を追う
【まちづくり】「ジュビロ」と「西武」が浜北に…?浜松、幻の開発計画を追う

【まちづくり】「ジュビロ」と「西武」が浜北に…?浜松、幻の開発計画を追う

浜松市街地の北にある浜北区では、幻の大規模開発計画がありました。大きなサッカー場と百貨店併設のショッピングモールが計画され、実現一歩手前で頓挫してしまいます。その理由はなぜか、そして結果浜北のまちはどうなったか見ていきます。

物語は1993年に始まります。隣の磐田市に本拠を構えるサッカーチーム、ジュビロ磐田が前年に創設されたJリーグへの参入を果たすことになったのです。チームの経営を維持するためには3万人規模のスタジアムの建設が必要として、チームは静岡県西部の各自治体にスタジアムの建設を持ち掛けることになりました。その時、手を挙げたのが磐田市と浜北市です。 チーム側は磐田と浜北の両方を本拠とする姿勢を見せ、浜北市は誘致に向けて本格的に動き出しました。そして1994年に平口地区に、サッカースタジアム、体育館、プールを360億円をかけて整備するという大規模な計画を発表しました。 また、大規模商業施設を併設することが同時に決定します。当時この商業施設を運営することになったのが、ジャスコの子会社でショッピングモールの開発を行っていたイオン興産(現:イオンモール)でした。 「イオン浜北ショッピングセンター」と名付けられたこの商業施設計画が画期的なのは、西武百貨店がモールに共同出店するという点です。この頃、ジャスコは新しい郊外店の形として、RSC(広域型ショッピングセンター)のあり方を模索していた時期でした。その中で1995年に西武百貨店と共同出店を進めていくという方針を発表し、最初の出店予定地のひとつとして選ばれたのが、浜北の計画だったのです。 スタジアム計画も大規模でしたが、商業施設も面積74,118㎡と実現すれば県内最大のショッピングモール(当時)となる予定でした。商圏は浜松や浜北はもちろんのこと、三ケ日や袋井までも狙ったものでした。 西武百貨店は、当時浜松の中心市街地に浜松店を営業していましたが、閉店させる方針を発表した直後に浜北の計画が発表されたことで、地元では「実質的な浜北への移転なのではないか」と噂されたようです。西武側は最後まで関連を否定したままでしたが、浜北移転による雇用の維持やテナントの移転などは考慮する方針が発表されていました。 イオン興産のほか、スズキ、ヤマハ、遠州鉄道など地元財界と市が出資した第3セクターの施設運営会社「浜北スタジアム」なども立ち上げられ、計画が進めば、1997年の秋にはスタジアムの開業と合わせて、ショッピングセンターが完成する予定となっていました。 しかし1996年、計画は思わぬ障害に突き当たることになります。

市長贈賄疑惑から一気に瓦解した開発計画

平口地区の総合開発は、浜北市議会で賛成多数をもって1995年に可決された計画でした。しかし、この議決に待ったがかかります。当時、計画推進派の旗振り役であった市長が議員を買収したのではないかという疑惑が持ち上がったのです。 計画はこのころからずるずると遅れを見せ始めるようになっていきます。 捜査の末、市長は贈賄の疑いで逮捕されてしまいます。現職市長が逮捕されたというその事実は当時の市民にとって衝撃であり、それは開発事業に関わる関係者とて例外ではありませんでした。市長が変わっても、即時計画撤回という事態にはならなかったものの、計画の旗振り役を失ったうえ、第3セクター「浜北スタジアム」からはスズキが真っ先に出資金と役員を引き上げてしまいます。こうして巨大計画は宙に浮いてしまいました。 市民の間では白紙撤回の雰囲気が広がったようですが、新市長の「市の発展には資する事業である」との見解により、ひとまずスタジアム計画は変更せずに進めることになりました。 一方で商業施設については、この時点でもう一度運営者を公募することになります。結局イオン興産のままとなり、規模を若干縮小した68,000㎡の計画で、ジャスコと西武百貨店は、1998年に再び浜北への出店表明を行いました。 しかし一転、2001年にイオンモール(旧イオン興産)は浜北への出店を断念したと、浜北市に正式に通知しました。この3年間で具体的に何があったのかははっきりとしませんでしたが、理由としては景気の急速な減退、用地買収が進まなかったことなどが挙げられています。西武百貨店の経営が悪化していたことや、浜松市内に競合する商業施設が多く現れ、計画当初と周辺環境が大きく変わってしまったためであるとの指摘も見られます。 こうして、再び商業施設の運営者が再び公募されることになりました。大和工商リース(現:大和リース)やホームセンター大手のカインズなどが名前を連ねる中、最終的に西友が出店することが決定しました。西友はかつて西武百貨店と関係の深い西武流通グループの一員ですから、この決定に関連性はないとしても、因果のようなものを感じてしまいます。 ちょうど西友も経営が悪化していた時期でしたが、2002年に世界最大のスーパーマーケットチェーンのウォルマートの傘下に入ってからは、アメリカ流の店づくりを試行していました。浜北に獲得した広大な敷地はその店づくりを試すのにもってこいだったようです。そして2007年、西友を核としたサンストリート浜北が開業したことで、平口の商業施設計画はようやく実現しました。 ジャスコと西武が最初の出店表明をしてから、12年の歳月が経過していました。

表1 平口地区大規模開発の経過

1993年10月 ジュビロ磐田の誘致構想を浜北市が発表 1994年8月 浜北スタジアム、付随する商業施設の計画が明らかになる 1995年10月 第三セクター「浜北スタジアム」設立 1995年12月 商業施設にジャスコと西武百貨店が出店することを発表 1996年2月 推進派であった浜北市長がスタジアム計画に関わる贈賄により逮捕 1998年1月 再びジャスコと西武百貨店が出店表明 2001年8月 イオンモール(ジャスコ)が出店断念 2002年4月 第三セクター「浜北スタジアム」解散 2002年5月 静岡国体にあわせ、体育館とプールが順次完成 2007年7月 サンストリート浜北開業 2013年4月 浜北平口サッカー場完成

商業施設の計画が二転三転する中、もう一方のスタジアム計画は、「市民の理解が得られない」との理由で、少しずつ縮小していくことになります。 1997年にはサッカー専用の3万人収容のスタジアムから、陸上競技場併設の2万人収容のスタジアムへ変更となります。続いて1998年からは、2003年に行われる静岡国体の会場として使用できるように、体育館とスタジアムとウォーターパークの建設が進められることになりました。しかし、この計画ですらも、税収が伸びることが前提とされていた計画であるだけに、実現を疑問視する声は大きいものがありました。この流れの中で、計画変更によって存在意義を失っていた第3セクター「浜北スタジアム」は、2002年にひっそりと解散します。 体育館とウォーターパークは国体に合わせる形で2003年に開業することができたのですが、スタジアムは結局、合併後の2006年に浜松市が計画撤回の方針を示しました。 こうして12年にもわたる平口の総合開発は、計画が始動した1993年当初の計画とは大きく異なる形で終わりを迎えたのです。

いまの浜北区における商業事情 さいごに―あったかもしれない計画に想いを馳せて 関連記事 参考資料

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