「豊臣秀頼・淀殿ら自刃の地」碑、淀君並殉死者三十二名忠霊塔
「豊臣秀頼・淀殿ら自刃の地」碑、淀君並殉死者三十二名忠霊塔

「豊臣秀頼・淀殿ら自刃の地」碑、淀君並殉死者三十二名忠霊塔

大阪城公園内、山里曲輪付近にある「豊臣秀頼・淀殿ら自刃の地」石碑と「淀君並殉死者三十二名忠霊塔」の場所と説明文。三十二義士の名前一覧。真田大輔、大野治長、毛利勝永(大坂五人衆の一人)、大蔵卿の局の名も。

大阪城公園内にある史跡や名所について一つずつ紹介しています。 「豊臣秀頼・淀殿ら自刃の地」「刻印石広場」「銀明水井戸」「蓮如上人袈裟懸けの松」「石山本願寺推定値」「日本庭園」「大砲」など。 重要文化財 .

  1. 「豊臣秀頼・淀殿ら自刃の地」碑の場所と説明
  2. 「淀君並殉死者三十二名忠霊塔」の場所と説明

「豊臣秀頼・淀殿ら自刃の地」碑の場所と説明

その極楽橋を越えたあたりに「刻印石広場」という場所があります。このあたりを 山里曲輪 、又は 山里丸 と言います。

この刻印石とは、 大阪城を建設する時に各大名が各国から大きな石を集め、その石に家紋を記していました 。当時使われていた石が展示されている広場です。

ほとんどの方は大阪城天守閣を目指しているため、ここを素通りしてしまいますが、この 「刻印石広場」の東側に「豊臣秀頼・淀殿自害の地」碑があります (場所は地図の赤い文字を参照)。

「淀君並殉死者三十二名忠霊塔」の場所と説明

「淀君並殉死者三十二名忠霊塔」は、同じ 刻印石広場の最も西側 にあります(場所は地図のピンクの文字参照)。

  • 淀君
  • 大野治長 、大野治徳、速水時之、速水出来丸
  • 毛利勝永 、毛利長門、高橋半三郎、高橋十三郎
  • 植原八蔵、植原三十郎、中髙将藍、中髙半三郎
  • 津川親行、武田永翁、堀対馬守、武田佐吉
  • 小室茂兵衛、土佐庄五郎、加藤弥平太、片岡十右衛門
  • 森島長意、伊藤武蔵守、土肥勝五郎、 真田大輔
  • 萩野道喜入道、寺尾勝右衛門、和期の局、 大蔵卿の局
  • 宮内卿の局、右京大夫の局、玉の局、饗庭局

三十二義士と書かれている史料を見かけることがあるので、 淀殿と三十二義士かもしれません 。忠霊塔は1978年(昭和53年)に作られています。

大河ドラマ「真田丸」に出てくる 大野治長、毛利勝永(大坂五人衆の一人)、真田大輔、大蔵卿の局 の名前もあります。

三十二義士には 和歌「山里の悪夢はさめむ永しえに弥陀の浄土で一蓮托生」 もありました。この周辺だけは、他の場所とは異なる重い空気でした。

関連記事 大阪城「本丸御殿跡・紀州御殿跡」

大阪城天守閣の前に大きな広場があります。このあたりは当時、本丸と呼ばれていました。 現在はタイムカプセルや屋台、木々などが立ち並んでいるだけですが、江戸時代にはここに本丸御殿がありました。 本丸御殿跡 .

大阪城天守閣の入場料金と営業(開館)時間、休館日について 大阪城「青屋門」 大阪城 重要文化財「桜門」 大阪城 重要文化財「金蔵」

大阪城天守閣の入口すぐ右側(東側)に重要文化財「金蔵」があります。 徳川幕府時代に築造されたもので、幕末の動乱や第二次世界大戦の空襲を潜り抜けた今でも当時のまま現存する建物です。 金蔵という名の通り、 .