御伽草子 ( おとぎぞうし ) <br />―「浦島太郎」「一寸法師」などを含む短編物語集―
御伽草子 ( おとぎぞうし ) <br />―「浦島太郎」「一寸法師」などを含む短編物語集―

御伽草子 ( おとぎぞうし ) ―「浦島太郎」「一寸法師」などを含む短編物語集―

このページは『御伽草子』の解説と原文の一部を紹介します。

小町草子 そもそも清和のころ、内裏に、小町といふ、色好みの遊女あり。春は花に心をつくし、秋は月の前の雲をいとひ、 朝 ( あした ) に一さいの曙のけしきをながめて、ことばの種となれり。夕には、あはれをさそふ鐘の声、つくづくと、世の中を思ふにも、たゞ 夢幻 ( ゆめまぼろし ) のこゝちして、草葉に置ける露ごろも、なをあだなるは命なりと、思ふにも、日本の歌の道ほど、もてあそぶべきものはなし。よろづの言の葉となりにけり。

御曹司 ( おんざうし ) 島渡 ( しまわたり ) さる程に御曹子、 秀衡 ( ひでひら ) を召されて、都へ上るべきやうを問はせ給へば、秀衡承り、「日本国は神国にてましませば、もののふのてがらばかりにては成がたし。

是 ( これ ) よりも北州に、一の国有り、千島とも、 蝦夷 ( えぞ ) が島とも申す。そのうちに 喜見城 ( きけんじやう ) の都有り、其王の名をば、かねひら大王と申しけり。

かの 内裏 ( だいり ) にひとつの巻物有り、其名を大日の法と申してかたき事なり。されば、現世にては祈祷の法、 後世 ( ごせ ) にては仏道の法なり。

此 ( この ) 兵法を行ひ給ふ物ならば、日本国は、君の 御 ( おん ) まゝになるべし、何とぞ 御調法 ( ごてうはふ ) あつて御覧候へ」と申し奉れば、義経此よし聞しめし、とやせんかくやあらましと、しばし物をもの給はず。

やゝあつて、所詮たゞかの島へ渡らばやとおぼしめして、秀衡に 暇 ( いとま ) 乞ひ、旅の装束し給ひて、音に聞きしわが 朝 ( てう ) 、四国土佐のみなとへ着き給ふ。

唐糸 ( からいと ) 草子 寿永二年の秋の頃、鎌倉の 兵衛佐 ( ひやうゑのすけ ) 頼朝は、八ケ国の侍たちを皆鎌倉へ召しのぼせ、中門に出でさせ給ひて、侍たちに向つて仰せけるは、

「いかに方々聞き給へ。そもそもそも平家は、頼朝が威勢に恐れてこそ、都をば落ちて候に、木曽の 左馬頭 ( さまのかみ ) 義仲、十郎蔵人行家らが、高名顔に、関白にやならん、 主上 ( しゆしやう ) にや参らん、法皇にやならんと、天下をほしいまゝにふるまふことこそ、 奇怪 ( きつくわい ) なれ。

平家対治のさきに、義仲を対治せん。佐竹の冠者もその由を申し、奥州の秀衡も、九郎冠者義経を、 上 ( のぼ ) せんと申すなり。

この十月のころなるべし。 勢 ( せい ) を残さでつれ給へ。支度せよ」とぞ仰せける。侍たちは承り、「かしこまる」と申して、皆国々へぞ 下 ( くだ ) られける。

木幡 ( こはた ) 狐 中ごろの事にや有けん、山城国、木幡の里に年をへて、久しき狐あり。稲荷の明神の、御使者たるによつて、何事も心にまかせずといふ事なし。

殊には 男子 ( なんし ) 女子 ( によし ) 、そのかず 数多 ( あまた ) もち給ふ。どれどれも智慧才覚、芸能いふはかりなく、世にならびなく聞こえありて、とりどりにさいはひ給ふ。

中にも 弟姫 ( おとひめ ) に、あたらせ給ふは、きしゆ御前とぞ申しける。いづれよりも殊にすぐれて、容顔美麗に美しく、心ざまならびなく侍りて、春は花のもとにて日を 暮 ( くら ) し、秋は 隅 ( くま ) なき月影に、心をすまし、詩歌、管絃にくらからず。

聞き伝へし人々は、心を懸けずといふことなし。 御乳母 ( おんめのと ) 思ひ思ひに縁をとり、我も我もと数の文をつかはし、心をつくすと申せども、行く水に数かく如し。

うち 靡 ( なび ) く気色もましまさず。姫君、「うき世に長らへば、いかならん 殿上人 ( てんじやうびと ) か、関白殿下などの北の方ともいはれなん。なみなみならん 住居 ( すまゐ ) は、思ひもよらず。

それさなき物ならば、電光朝露 夢幻 ( ゆめまぼろし ) の世の中に、心をとめて何かせん。いかなる 深山 ( みやま ) の奥にも引籠り、うき世を 厭 ( いと ) ひ、ひとへに 後世 ( ごせ ) を願ひ 侍 ( はんべ ) らばや」と思ひ、 明 ( あか ) し 暮 ( くら ) し給ふ程に、十六歳にぞなり給ふ。

父母 ( ちちはは ) 御覧じて、多き子どもの中にも、 此 ( この ) きしゆ御前は、世にすぐれ見え給ふ、いかなる御方さまをも婿にとり、心やすきさまをも見ばやと思ひて、さまざま教訓し給ふ。

七草草子 そもそも正月七日に、野に出でゝ、七草をつみて、みかどへ 供御 ( ぐご ) にそなふるといふなる由来を尋ぬるに、もろこし 楚国 ( そこく ) の 傍 ( かたはら ) に、大しうといふ者あり。

かれは親に孝ある者なり。すでにはや、 百歳 ( ももとせ ) に及ぶ父母あり。腰などもかゞみ、目などもかすみ、いふことも聞えず。

猿源氏草子 中ごろの事にや有りけん、伊勢国 阿漕 ( あこぎ ) が 浦 ( うら ) に、 鰯売 ( いわしうり ) 一人あり。もとは海老名の六郎左衛門とて、関東 侍 ( さぶらひ ) にてぞ有りける。

妻にをくれて、娘を一人もちたりしを、日頃召し使ひける猿源氏といふものに取らせて、すなはち鰯売の職をゆづり、わが身は都へ上り、 元結 ( もとゆひ ) 切り、海老名の南阿弥陀仏とて、隠れなき遁世者にてぞ有りける。

大名、 高家 ( こうけ ) 、近づけ給へり。さるほどに婿の猿源氏、鰯売、都へ上りて、洛中を、「伊勢国に阿漕が浦の猿源氏が、 鰯 ( いわし ) かふゑい」といひて、商ひければ、人々これを聞きて、おもしろき鰯売 哉 ( かな ) とて、人々買いとる間、猿源氏程なく 有徳 ( うとく ) の身となりにけり。

物くさ太郎 東山道みちのくの末、信濃国十郡のその内に、 筑摩 ( つかま ) の 郡 ( こほり ) あたらしの 郷 ( がう ) といふところに、不思議の男一人 侍 ( はんべ ) りける。

たゞし名こそ物くさ太郎と申せども、家造りのありさま、人にすぐれてめでたくぞ侍りける。四面四町に 築地 ( ついぢ ) をつき、三方に門を立、東西南北に池を堀り、島をつき、松杉を植ゑ、島より 陸地 ( ろくぢ ) へそり橋をかけ高欄に 擬宝珠 ( ぎぼうし ) をみがき、まことに結構世にこえたり。

十二間の遠侍、九間の渡り廊下、釣殿、細殿、梅壺、桐壺、 籬 ( まがき ) が壺にいたる迄、百種の花を植ゑ、主殿十二間につくり、 檜皮葺 ( ひはだぶき ) に 葺 ( ふ ) かせ、錦をもつて天井をはり、桁うつばり、たる木の組入れには、 銀金 ( しろかねこがね ) を金物にうち、 瓔珞 ( やうらく ) の 御簾 ( みす ) をかけ、馬屋、侍所にいたる迄、ゆゝしく造り立て 居 ( ゐ ) ばやと、心には思へ共、いろいろ事足らねば、たゞ竹を四本立て、 薦 ( こも ) をかけてぞ居たりける。

雨の降るにも、日の照にも、ならはぬ 住居 ( すまゐ ) して居たり。かやうにつくり 悪 ( わろ ) しとは申せども、足手のあかがり、のみ、しらみ、 肘 ( ひぢ ) の苔にいたるまで、足らはずといふ事なし。

もとでなければ商ひせず、物をつくらねば 食物 ( じきもつ ) なし。四五日のうちにも起き上らず 臥 ( ふ ) せり居たりけり。

さざれ石 神武天皇より十二代、成務天皇と申し奉るは、限りなくめでたき 御世 ( みよ ) なり。 此 ( この ) みかどに男みこ、姫宮三十八人の 皇子 ( わうじ ) おはしける。

卅八人めは、姫宮にてわたらせ給ふ。数も知らぬ程の皇子たちの 御末 ( おんすゑ ) なればとて、その 御名 ( おんな ) をさゞれ石の宮とぞ申しける。

蛤 ( はまぐり ) の草子 天竺 摩訶陀国 ( まかだこく ) のかたはらに、しゞらと申す人あり。世にすぐれて 貧 ( まど ) しき人にておはしけり。

しゞら母を養ひかねて、よろづの営みをして母を 過 ( すご ) さんために、天に仰ぎ地にふして、営めども、さらに其かひなかりけり。

小敦盛 ( こあつもり ) 扨 ( さて ) も敦盛の北の 御方 ( おんかた ) は、都 西山 ( にしやま ) の傍に深く忍び給ひけるが、敦盛の討たれさせ給ひぬるときこしめし、夢か 現 ( うつつ ) かこはいかなることぞと、ふし沈み泣き給ふ。

いたはしや敦盛、「源氏 謀叛 ( むほん ) をくはたて、 自 ( みづか ) らはいかならん東男に見なれ給ひて、敦盛がことをば、忘れこそ候はんずらん」と、たはぶれ給ひけり。

又「御身はたゞならぬ身なり。 男子 ( なんし ) にて有るならば、これをかたみに取らせよ」とて、 金 ( こがね ) 作りの太刀、「 女子 ( にょし ) にて有るならば、十一面観音を取らせよ」とて、取出しとゞめ給ふ。

二十四孝 大舜 ( たいじゆん ) 隊々耕春象 紛々耘草禽 嗣尭登宝位 孝感動天心 大舜は至つて孝行なる人なり。父の名は、 瞽叟 ( こそう ) といへる。一段かたくなにして、母はかだましき人なり。

ある時 歴山 ( れきさん ) と云ふ所に、耕作しけるに、かれが孝行を感じて、大象が来つて、田を耕し、又鳥飛び来つて田の草をくさぎり、耕作の助をなしたるなり。

扨 ( さて ) 其時天下の 御主 ( おんあるじ ) をば、 尭王 ( げうわう ) と名づけ奉る。

姫君まします。姉をば、 娥皇 ( がくわう ) と申し、妹は、 女英 ( ぢよえい ) と申し侍べり。

尭王 ( げうわう ) すなはち舜の孝行なることをきこしめし及ばれ、 御女 ( おんむすめ ) を后にそなへ、 終 ( つひ ) に天下を譲り給へり。これひとへに孝行の深き心より 起 ( おこ ) れり。

梵天国 ( ぼんでんこく ) 淳和天皇の 御代 ( みよ ) に、五条の右大臣 高藤 ( たかふぢ ) とて、おはしけるが、容顔美麗に、才学いみじきのみならず、四方に四万の蔵をたて、 乏 ( とぼ ) しき事ましまさず。

年月 ( としつき ) を送り給へども、一人の孝子を持ち給はで、 明暮 ( あけくれ ) 歎き給ふ。

ある時つくづくと案じ、おぼしめしけるは、「われ 前 ( さき ) の世に、いかなる罪を作りてか、一人の子をもたず、七十八十の 齢 ( よはひ ) を保つとも、つひにはとゞまるべきあらず、なからん跡を誰かとふべき。

昔より今に至るまで、 神仏 ( かみほとけ ) に申すことかなへばこそ、 万 ( よろづ ) の人も申すらめ」とて、夫婦 諸共 ( もろとも ) に、 清水 ( きよみづ ) に参り、五体を地に投げ、三千三百卅三度の礼拝を参らせて、「願はくは、一人の孝子を与へ給へ」と、種々の 願 ( ぐわん ) を立て給ひける。

のせ猿草子 さるほどに、丹波の国、のせの山に年をへし猿あり。名をば 猿尾 ( ましを ) の 権頭 ( ごんのかみ ) と申しける。

此 ( この ) こけ丸殿、扇おつとり一さし舞ふて入り給ふを、いかなるものも、見るより心 空 ( そら ) になし、おもしろからずといふ事なし。

さる 間 ( あひだ ) こけ丸殿、やうやう二十ばかりにならせ給ふ。

父母 ( ちちはは ) いかなる方よりも御 嫁御 ( よめご ) をと申させ給へども、耳にも聞き入れ給はず、われ思ふ子細有り、なみなみならんものを、いかでか妻に迎へん、いかなる公卿、殿上人の娘ならでは、久しからぬうき世に何かせんとおぼしめしける。

世の中の人たち、身の程知らぬ 望 ( のぞみ ) と思ひ給はんやからもあるべし。こともおろかや、われらが先祖猿丸 太夫 ( だいふ ) は、みな知れる歌人なり。

猫の草子 天下太平国土安穏、かゝるめでたき 御代 ( みよ ) にあふこと、人間は申すに及ばず、鳥類畜類に至るまで、ありがたき 御政道 ( ごせいたう ) なり。まことに堯舜の御代にもすぐれたることなり。

まづ慶長七年、八月中旬に、洛中に猫の綱を解きて放ち給ふべき御沙汰あり。ひとしく御奉行より、一条の辻に高札を御立てあり、その 面 ( おもて ) にいはく、

一つ、洛中猫の綱を解き、放ち飼ひにすべき事。 一つ、同じく猫、 売買 ( うりかひ ) 停止 ( ちやうじ ) の事。 この 旨 ( むね ) 相背くにおいては、かたく罪科に処せらるべきものなり。よつてくだんの如し。

浜出 ( はまいで ) 草子 そも鎌倉と申すは、昔は 一足 ( ひとあし ) 踏めば、三町ゆるぐだいぶの沼にて候ひしを、和田、畠山、惣奉行を給はり、石切、鶴の 嘴 ( はし ) をもつて、高き所を切り平らげ、だいぶの沼を埋め給ふ。

和泉式部 中ごろ花の都にて、一条の院の御時、和泉式部と申して、やさしき遊女有り。 内裏 ( だいり ) に 橘保昌 ( たちばなのやすまさ ) とて男有り。

保昌は十九、和泉式部は十三と申すより、不思議の 契 ( ちぎり ) をこめ、 情 ( なさけ ) 深くして、十四と申す春のころ、若一人まうけ給ひ、あひの枕の 睦言 ( むつごと ) に、はづかしとや思ひけん、五条の橋に捨てにけり。

産衣 ( うぶぎぬ ) 、あやめの小袖のつまに、一首の歌を書き、 鞘 ( さや ) なき 守刀 ( まもりがたな ) を添へて拾てけるを、 町人 ( まちにん ) 拾ひ養育して、 比叡 ( ひえ ) の山へのぼせけり。

一寸法師 中頃のことなるに、津の国 難波 ( なには ) の里に、 老翁 ( おほぢ ) と、 姥 ( うば ) と 侍 ( はべ ) り。 姥 ( うば ) 四十に及ぶまで、子のなきことを悲しみ、住吉に参り、なき子を祈り申すに、大明神あはれとおぼしめして、四十一と申すに、たゞならずなりぬれば、 老翁 ( おほぢ ) 、喜び限りなし。やがて十月と申すに、いつくしき 男子 ( をのこ ) をまうけけり。

さりながら、生まれ落ちてより 後 ( のち ) 、 背 ( せい ) 一寸ありぬれば、やがてその名を一寸法師とぞ名づけられたり。

さいき 豊前国 ( ぶぜんのくに ) 、うだの 佐伯 ( さいき ) と申す人、一族に所領をとられ、京都へ上り沙汰するといへども、さらに道ゆかずして、 年月 ( としつき ) を送れどもかひなし。

かくてはかなはじと思ひ、 清水 ( きよみづ ) に参りて、一七日こもりて、御夢想に任せとにもかくにもならんと思ひ立ち、たけまつと申す 童 ( わらは ) を一人 具 ( ぐ ) して参り、祈念を深く申せども、さしたる御夢想もなかりけり。

浦島太郎 昔丹後国に、浦島といふもの侍りしに、その子に浦島太郎と申して、年の 齢 ( よはひ ) 二十四五の男有りけり。

明け暮れ海のうろくづをとりて、 父母 ( ちちはは ) を養ひけるが、ある日のつれづれに、 釣 ( つり ) をせんとて出でにけり。

浦々島々 ( うらうらしまじま ) 、入江々々、到らぬ所もなく、 釣 ( つり ) をし、貝を拾ひ、みるめを刈りなどしける所に、ゑしまが磯といふ所にて、亀をひとつ釣り上げける。

浦島太郎 此 ( この ) 亀にいふやう、「汝、 生 ( しやう ) 有るものゝ中にも、鶴は千年、亀は万とて、命久しきものなり。

忽ちこゝにて命をたゝん事、いたはしければ、助くるなり。常には 此 ( この ) 恩を思ひ 出 ( いだ ) すべし」とて、 此 ( この ) 亀をもとの海にかへしける。

酒呑 ( しゆてん ) 童子 むかしわが 朝 ( てう ) のことなるに、天地開けしこの方は、神国といひながら、又は仏法盛んにて、 人皇 ( にんわう ) のはじめより、 延喜 ( えんぎ ) の帝に至るまで、王法ともにそなはり政すなほにして、民をもあはれみ給ふこと、尭舜の 御代 ( みよ ) とてもこれにはいかでまさるべき。

都の内にてとる人は、みめよき女房の十七八を 頭 ( かしら ) として、 是 ( これ ) をもあまたとりて行く。

いづれもあはれは劣らねども、こゝにあはれをとゞめしは、院に宮づき奉る、池田中納言くにたかとて御おぼえめでたくし、宝は内に満ち満ちて、 富貴 ( ふつき ) の家にてましますが、ひとり姫をもち給ふ。

横笛 ( よこぶえ ) 草子 中頃のことにや、建礼門院の御時、 刈藻 ( かるも ) 、横笛とて、二人の女房 侍 ( はんべ ) りけり。

刈藻 ( かるも ) をば、平家の時、越前の 前司 ( ぜんじ ) 盛嗣 ( もりつぐ ) と最愛して、下り給へり。

そのかたち、容顔美麗にしていつくしく、 霞 ( かすみ ) に匂ふ春の花、風に乱るゝ青柳の、いとたをやかに、秋の月にことならず。