古狐は最果てに居り候
古狐は最果てに居り候

古狐は最果てに居り候

なぜ平家伝説は生まれたのか? 向津具半島には平家の落武者の伝説があります。この半島には五輪塔を備えた古い墓が点在し、またそのほとんどに平(たいら)姓を冠した名前が付いています。そのことから向津具半島は、平家の落武者が逃げ延びてきた場所だと考えられています。 今回はその代表的なものをご紹介します。 まず、なぜ平家の落武者は向津具半島まで逃げ延びて来たのか? その答えはまず、この半島の位置にあります。平家滅亡の場所、下関市の壇の浦からほぼ真北に約70km。日本海沿いに歩けば、当時の人の脚で一昼夜で辿り着く距離です。そして最果ての山ばかりの土地に、断崖、絶壁の周囲は海という地形です。隠れ住むには都合…

日本の山口県長門市油谷にある向津具産直市「ここや」です。向津具と書いて「むかつく」と読みます。この地は本州の西北端にあり、美しい自然と古代からの伝説が溢れる見どころ満載の場所です。「ここや」は地元の農産物や海産物を販売しながら、向津具の観光案内も行っています。

向津具半島、ここにもあった!平家伝説が。

なぜ平家伝説は生まれたのか? 向津具半島には平家の落武者の伝説があります。この半島には五輪塔を備えた古い墓が点在し、またそのほとんどに平(たいら)姓を冠した名前が付いています。そのことから向津具半島は、平家の落武者が逃げ延びてきた場所だと考えられています。 今回はその代表的なものをご紹介します。 まず、なぜ平家の落武者は向津具半島まで逃げ延びて来たのか? その答えはまず、この半島の位置にあります。平家滅亡の場所、下関市の壇の浦からほぼ真北に約70km。日本海沿いに歩けば、当時の人の脚で一昼夜で辿り着く距離です。そして最果ての山ばかりの土地に、断崖、絶壁の周囲は海という地形です。隠れ住むには都合…

なぜ平家伝説は生まれたのか?

向津具半島には平家の落武者の伝説があります。この半島には五輪塔を備えた古い墓が点在し、またそのほとんどに平(たいら)姓を冠した名前が付いています。そのことから向津具半島は、平家の落武者が逃げ延びてきた場所だと考えられています。 今回はその代表的なものをご紹介します。 まず、なぜ平家の落武者は向津具半島まで逃げ延びて来たのか? その答えはまず、この半島の位置にあります。平家滅亡の場所、下関市の壇の浦からほぼ真北に約70km。日本海沿いに歩けば、当時の人の脚で一昼夜で辿り着く距離です。そして最果ての山ばかりの土地に、断崖、絶壁の周囲は海という地形です。隠れ住むには都合のいい環境です。 もうひとつは、この地を管轄する守護代が、平家の勢力下にあったことです。向津具半島まで行けば、匿ってもらえる。この思いひとつでここまでたどり着いたのでしょう。

さらに理解を深めていただくために、向津具半島での、本郷平野の位置を地図で示しました。 赤線で囲った範囲が本郷平野。①~③が墓の所在地です。この地区以外の土地は、ほとんどが山地になっており、その斜面を切り開いた棚田が点在しています。 ここからは筆者の推測になりますが、落武者はこの地区まで逃げ延びて、守護代の命により、地元の農民による世話を受けて生活し、この地で終焉を迎えたのではないかと考えます。主食である米が、豊富にあるのは向津具半島ではこの地域だけで、余剰米もあったはずです。

平家一族の墓と思われるものは、このほかにも 常信、知国、貞邦、則国の墓などがあり、そのまま地名になった地域もあります。 今回は資料不足で記事にできませんでした。また別の機会に紹介したいと思います。