目黒不動尊
目黒不動尊

目黒不動尊

[spp] 基本情報 知名度 ★★★ 平均評価 [crfp enabled="2" displayStyle="" di

境内入り口付近にある塚の事で平井権八と小紫の菩提を弔うために造られた。 平井権八は江戸時代初期の鳥取藩士で、父の同僚を切り殺し江戸に逃亡し、吉原の遊女小紫を愛人としたが金に困って辻斬りを働き、1679年(延宝七年)自首して処刑された。 残された小紫は当寺の近くにあった東昌寺(虚無僧寺)で自害したため東昌寺に2人を弔う塚が建てられたが、廃寺となったため今は目黒不動尊境内に移されている。この話は「白井権八」としてしばしば歌舞伎や映画などの題材となったため広く人に知らている。

大日如来像 比翼塚 甘露先生記念碑

御朱印・御朱印帳

種類 ①「不動明王」の御朱印、②関東三十六不動第十八番「不動明王」の御朱印、③江戸三十三観音札所第三十三番「聖観音」の御朱印、④山手七福神「恵比寿神」の御朱印。 貰える場所 阿弥陀堂横の朱印所。 値段 1件300円 オリジナル御朱印帳 オリジナルのものはないようです。 目黒不動尊の御朱印(不動明王) 絵馬 微笑観音菩薩

歴史

808年(大同三年)、生地である下野(現栃木県)から修行のため比叡山延暦寺に向かっていた円仁が当地付近に宿をとった時、不動明王が夢に現れ自分をここに祀れと告げたため、その姿を自ら刻み小堂を建て安置した。 これが目黒不動尊の始まりとされ、847年(承和十四)に留学先の唐から帰国した円仁によって伽藍が建てられ、860年(貞観二年)には清和天皇から「泰叡」の勅額を与えられたという。 江戸時代になると当地でしばしば鷹狩を行った江戸幕府三代将軍徳川家光(落語・目黒のサンマのモデルだと言われている)の帰依を受けて盛隆し、「目黒御殿」と称されるほどの大伽藍が建立された。 また江戸時代後期には富くじ(寺社の修理費などを得る名目で行われた宝くじ)が開催され、湯島天満宮・谷中感応寺と共に「江戸の三富」と呼ばれ多くの庶民で賑わった。 明治に入ると廃仏棄釈の風潮などで衰微し、第二次大戦中の空襲では多くの建物を失ったが、その後再興され現在にいたる。日本三大不動のひとつ。

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