中原中也 「春と赤ン坊」「雲雀」(詩集『在りし日の歌』より)
春と赤ン坊菜の花畑で眠つてゐるのは……菜の花畑で吹かれてゐるのは……赤ン坊ではないでせうか?いいえ、空で鳴るのは、電線です電線ですひねもす、空で鳴るのは、あれは電線です菜の花畑に眠つてゐるのは、赤ン坊ですけど走つてゆくのは、自転車々々々向ふ
旅上 ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し せめては新しき背廣をきて きままなる旅にいでてみん。 汽車が山道をゆくとき みづいろの窓によりかかりて われひとりうれしきことをおもはむ 五月の朝のしののめ うら.
北原白秋 「糸車」(詩集『思ひ出』より)糸車 糸車、糸車、しづかにふかき手のつむぎ、 その糸車やはらかにめぐる夕ゆふべぞわりなけれ。 金と赤との南瓜たうなすのふたつ転ころがる板の間まに、 「共同医館」の板の間に、 ひとり坐りし留守番るすばんのその媼おうなこそさみしけ.
高村光太郎 「あどけない話」(詩集『智恵子抄』より)あどけない話 智恵子は東京に空が無いといふ、 ほんとの空が見たいといふ。 私は驚いて空を見る。 桜若葉の間に在るのは、 切つても切れない むかしなじみのきれいな空だ。 どんよりけむる地平のぼかしは うすもも色の朝のしめり.
中原中也 「また来ん春……」(詩集『在りし日の歌』より)また来ん春…… また来ん春と人は云ふ しかし私は辛いのだ 春が来たつて何になろ あの子が返つて来るぢやない おもへば今年の五月には おまへを抱いて動物園 象を見せても猫にやあといひ 鳥を見せても猫にやあだつた 最後.