高村光太郎 「樹下の二人」(詩集『智恵子抄』より)
高村光太郎 「樹下の二人」(詩集『智恵子抄』より)

高村光太郎 「樹下の二人」(詩集『智恵子抄』より)

樹下の二人――みちのくの安達が原の二本松松の根かたに人立てる見ゆ――あれが阿多多羅山(あたたらやま)、あの光るのが阿武隈川。かうやつて言葉すくなに坐つてゐると、うつとりねむるやうな頭の中に、ただ遠い世の松風ばかりが薄みどりに吹き渡ります。こ

ここはあなたの生れたふるさと、 あの小さな白壁の点点があなたのうちの 酒庫 ( さかぐら ) 。 それでは足をのびのびと投げ出して、 このがらんと晴れ渡つた 北国 ( きたぐに ) の木の香に満ちた空気を吸はう。 あなたそのもののやうなこのひいやりと快い、 すんなりと弾力ある雰囲気に肌を洗はう。 私は又あした遠く去る、 あの無頼の都、混沌たる愛憎の渦の中へ、 私の恐れる、しかも執着深いあの人間喜劇のただ中へ。 ここはあなたの生れたふるさと、 この不思議な別箇の肉身を生んだ天地。 まだ松風が吹いてゐます、 もう一度この冬のはじめの物寂しいパノラマの地理を教へて下さい。

作者と作品について

高村 光太郎(たかむら こうたろう) 1883年(明治16年)~1956年(昭和31年) 東京都生まれ

光太郎の智恵子さんに対する愛が、純粋で理想と言えるものだったのか、エゴイズムに過ぎなかったのかは、私には言えません。 それでも、光太郎自身も混沌とした渦を抱えて、それに立ち向かっていたのではないかと思います。 私はそういった光太郎の人間らしさを、好ましく感じています。

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