【奈良時代の文化】服装や食事などの生活・出来事・代表的な人物など徹底解説!!
奈良時代と言えば、大化の改新からの律令政治が確立し、天皇中心の本格的な政治が始まった奈良時代。 文化面でも仏教色が強く、貴族を中心とした文化が広まってくる時代となります。 また、登場する主要な人
現在では私は当たり前なこととして、消費税等の税金を支払っています。 しかし、今から1300年以上前に課されていた租庸調という税金はどのようなものだったのでしょうか。 今回はそんな『租庸調(そようちょう)』について簡単にわかりやすく解説していきます。 租庸調とは? 租庸調とは、飛鳥時代中期.
農民たちの苦しい生活模様は、聖武天皇の教師だったとされる山上憶良が書いた「貧窮問答歌(ひんきゅうもんどうか)」が有名です。
これは万葉集に収録されているものです。
余りの税負担に耐えられなくなった農民の中には、逃げ出す者まで登場。
与えられた口分田から逃げ出して、浮浪となる者も多かったとされています。
③疫病、飢饉の大流行も重なって生きるのが大変更に、干ばつによる飢饉や、農業も今みたいに発達していなかったことから、天候に左右されやすかったそうです。
奈良時代の文化「天平文化」
奈良時代の文化は、天平文化(てんぴょう)と呼ばれています。
先ほどからちらほら出てきていますが、当時は文化だけでなく、政治面でも仏教と中国・唐時代に強い影響を受けています。
その象徴的建築物と言えば、東大寺と奈良の大仏です。日本書紀内でもこの様子は記述されています。
①書物文化の隆盛- 日本書紀・・・外国向け日本の歴史書
- 古事記・・・日本国内向けに天皇の大切さを説いた書物
また、奈良時代には歌集である万葉集が登場しています。
万葉集は、歌が良ければ身分関係なく、歌が掲載されるという書物。
上記でのとおり、身分の差が激しかったことが良く分かったかと思いますが、歌の前では身分による差別がなかったことも、奈良文化の特色と言えます。
【天平文化とは】特徴をわかりやすく解説!!時代の特色(服装・代表作品)について天平文化とは奈良時代に盛唐文化の影響を受けて栄えた貴族文化です。 天平という名前は聖武天皇の頃の年号を取って、聖武天皇の頃に栄えた文化という意味でつけられています。 今回は天平文化とはどのような文化だったのか、特徴を代表作品を挙げながらわかりやすく解説していきます。 天平文化とは?文化の特色.
波乱の奈良時代、主な出来事のまとめ
- 701年 大宝律令の制定
- 708年 和同開珎(日本初の通貨)発行
- 710年 平城京に遷都
- 723年 三世一身法(さんぜいっしんのほう)の制定
- 741年 国分寺建立の詔(全国に国分寺と国分尼寺を建てることを聖武天皇が命令)
- 743年 大仏建立の詔(奈良の大仏を建てることを聖武天皇が命令)
- 墾田永年私財法
お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、84年間の間に首都が変わり、政治と仏教が関わるような政治制度が次々と出来上がるという、一大改革の時代でもあるんです。
奈良時代の主な登場人物
奈良時代には、天皇が政治を取っていることから、天皇の名前を覚えることが必須条件となります。
また、貴族の権力争いもあったりして、貴族代表の“藤原氏”を知らなければなりません。
①奈良時代と聖武天皇奈良時代を語る上で、聖武天皇は欠かせない人物です。
つまり、聖武天皇の即位は既に計画されていたものだったのです。
また、聖武天皇は病弱でメンタルも弱かったとされています。
②藤原不比等平安時代で朝廷を支配した、藤原氏の地位を高めた藤原氏の始祖であり、重要人物です。
③長屋王聖武天皇の即位したころは、官僚のトップである左大臣という役職でした。
皇族である長屋王VS藤原氏の藤原四兄弟の対立は、729年についに長屋王を自害に追いやるという、長屋王の変を勃発させてしまうのです。
④藤原四兄弟- 藤原武智麻呂(ふじわらのむちまろ)
- 藤原房前(ふじわらのふささき)
- 藤原宇合(ふじわらのうまかい)
- 藤原麻呂(ふじわらのまろ)
彼らは「藤原四兄弟」としてまとめて出ることもあれば、全員の名前を覚えなければならないパターンと複数存在しますので、念のため覚えると良いでしょう。
長屋王の変武智麻呂と房前は、朝廷の要職に就くものの、偉大な父・不比等を持つ彼らはこんな時代に不満を持つようになりました。
父親の功績や、彼らの天皇に嫁いだ姉妹の結びつきを考えれば、自分たちが官僚トップに就くべきと考えた藤原四兄弟や聖武天皇の皇后だった藤原光明子は、長屋王の皇族を守りたいスタンスが気に入らなかった模様。
その後、藤原武智麻呂が長屋王ら関係者を糾問。そして最後に長屋王が自害することで事件は終焉。
人はこれを長屋王の祟りとして恐れたのでした。
⑤橘諸兄そんな中、左大臣に選ばれたのが橘諸兄です。
橘諸兄は皇族出身の人物。その人が実質のトップに収まったことで、藤原氏の世は一度終わりを告げることとなりました。
橘諸兄は、身分は低いけれども、当時参考にしていた唐の文化に精通する吉備真備(きびのまきび)や玄昉(げんぼう)を徴用しました。
⑥藤原広嗣藤原広嗣は、あの藤原四兄弟のうちの藤原宇合の息子です。
血迷った聖武天皇、遷都を繰り返すこれまでの人物紹介からお分かりの通り、長屋王の変からスタートし、天然痘が流行し、加えて地震や飢饉があったことで、自らの政治に自信を失ってしまうのです。
これ以上の政治の乱れに耐え切れず、突如遷都を考えたのです。そして、自分だけでは耐えられなくなった聖武天皇は、政治のすべてを仏教にゆだねることになります。
741年 恭仁京(くにきょう)に遷都・・・ここで全国に国分寺・国分尼寺の造立を命じる
744年 難波宮(なにわのみや)に遷都
745年 紫香楽宮へ遷都
平城京へ
⑦女帝・孝謙天皇(称徳天皇)登場聖武天皇が崩御し、その後継者は聖武天皇の娘である孝謙天皇です。
⑧藤原仲麻呂そんな最中、政治のトップに出てきた人物が、あの藤原四兄弟・武智麻呂の息子、藤原仲麻呂です。
思い出してください。孝謙天皇は聖武天皇の娘。母親は藤原光明子です。
更には、前の権力者出会った橘諸兄とその息子・奈良麻呂までも排除し、実質の独裁政治を開始したのでした。
⑨道鏡(どうきょう)そして、仲麻呂と孝謙上皇の関係も次第に悪化していきます。そんな折、孝謙上皇と良い感じになったのが、道鏡という僧侶です。
当然、彼らにとって邪魔な存在となるのは、藤原仲麻呂です。
藤原仲麻呂の乱ここで起こったのが、両勢力による武力闘争、764年の藤原仲麻呂の乱です。
勝利した孝謙上皇は、称徳(しょうとく)天皇として再び天皇として即位することになります。
しかし、ここで今度は道鏡が、称徳天皇を虜にさせることで、腐敗した独裁政治を繰り広げることになるのでした。
いよいよ平安京へ遷都、奈良時代の終焉とは?
道鏡による腐敗した政治が進む中、宇佐八幡神託事件という事件が勃発し、道鏡は力を失うことになります。
時を同じくして、称徳天皇も崩御したことで、光仁天皇が即位、その後即位したのがあの桓武天皇でした。
794年に平安京の完成を以って、都を平安京へ移したことで、時代も移り変わるのでした。
まとめ
✔ 奈良時代は710年から794年までの84年間のこと。
✔ 大宝律令と呼ばれる日本初の政治制度、律令制度がスタートした。
✔ 天皇主権の政治体制になる。
✔ 上流階級と庶民の間での生活スタイルの大幅なギャップ。
✔ 庶民は高い徴税に耐えられず、貧困や逃亡者も続出し、浮浪者が増える。
✔ 干ばつも多く、疫病も流行っていたため、生きるのが大変だった。
✔ 奈良時代前半は聖武天皇の時代。度重なる遷都は聖武天皇の心の不安の表れ。仏教を政治に取り入れる。
✔ 藤原家の台頭し、政治介入が多くなる。
✔ 皇族と貴族の対立が非常に多い。
✔ 女性天皇が登場する。
✔ 桓武天皇の登場により、最終的に平安京へ遷都し、奈良時代が終了する。(長岡京の遷都で奈良時代が終わった説もある)
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- 1 奈良時代とは?
- 1.1 大宝律令とは?律令制度についてわかりやすく
- 2.1 ①服装はどうたったの?
- 2.2 ②食事は現代に近かった?
- 3.1 ①衣食住はみすぼらしいもの
- 3.2 ②税の負担が半端ない
- 3.3 ③疫病、飢饉の大流行も重なって生きるのが大変
- 4.1 ①書物文化の隆盛
- 4.2 ②身分差のなかった万葉集
- 6.1 ①奈良時代と聖武天皇
- 6.2 ②藤原不比等
- 6.3 ③長屋王
- 6.4 ④藤原四兄弟
- 6.4.1 長屋王の変
- 6.6.1 血迷った聖武天皇、遷都を繰り返す
- 6.9.1 藤原仲麻呂の乱
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