やすとものいたって真剣です すゑひろがりずの東海道五十三次
やすとものいたって真剣です すゑひろがりずの東海道五十三次 すゑひろがりずは元々「みなみのしま」という名前でした。 宮川花子師匠から「『こりゃめでてーな』良い芸風で良い名前やな」 と褒められたもののコンビ名を間違えられていて、 「僕ら『みなみのしま』なんです」と訂正をしたら激怒され、 「もっとめでたい名前にせなアカン」と、
すゑひろがりずは元々「みなみのしま」という名前でした。 宮川花子師匠から「『こりゃめでてーな』良い芸風で良い名前やな」 と褒められたもののコンビ名を間違えられていて、 「僕ら『みなみのしま』なんです」と訂正をしたら激怒され、 「もっとめでたい名前にせなアカン」と、 こりゃめでてーなに、「名前をあげなさい」と進言し大事になり、 困り果てたとうじ「みなみのしま」の二人は、 大助師匠に相談して「すゑひろがりず」にコンビ名改名。
草津宿 石部宿(滋賀県湖南市)三島さんは高三の頃に、自転車で東海道五十三次をしました。 京都と東京を自転車で5日間で行ってしまう行動力。 凄いですね~。20時間漕いでたそうです。
水口宿ガソリンスタンド→油売りでござる 大きなトラック→やんごとなき駕籠(かご)よ ローソン→街の温か関所 サーティワンアイス→三十路越えの氷菓子
芸人の本音が知れる企画
陣内智則の人生を変えたロケからくりテレビでラサール石井さんの自宅ロケがあり、 ラサール石井さんの奥様はすごく若くて、 当時で20代か30代だったとそうです。
歳の差夫婦のラサールさんに 「年下の人とどんな会話してるのですか?」と尋ねたら、 さんまさんは当時20代のセクシーなお姉さんと、 焼肉を食べてるところを何回か写真を撮られて いたのを思い出して、
「さんまさん。二十歳のセクシー女優とフライデーされてたな」 と言ったらさんまさんが「やかましいわ」と、 ツッコミをスルーされてしまい、戸惑う陣内さん。
ロケも終わってからモヤモヤとロケバスに乗ってたら、 最後部の席からさんまさんがやってきて 「さっきのアレ、次もう一回やってくれへん?」 言ってくれたらあれやってこれやって(詳細はわからず)…、 最後に『わしやないかい!』ってアレやろう」 と言って、元居た場所に戻っていたそうです。
漫才コンビの相方がいなくなったらどうする? 和牛がYouTubeをしない理由和牛の水田さんはがYouTubeをしないのは、 テレビやラジオに出てるし、 自分であえて発信するものがない。
テレビで料理をする事もあるが、 それを改めてYouTubeでするつもりもない。 やりたいのはお笑いと漫才とのこと。
お笑いで稼ぐだけでいい。 料理番組でレシピを考える時間があれば、 漫才の事を考えたい。
霜降り明星粗品は第7世代というくくりがかせになっているのが悩み。 もっと先輩と一緒に仕事がしたい。 先輩と仕事をしていつの間にか自分が、 「先輩」になってるようになりたい。
せいやも「第7世代は沈む船」 第七世代と呼ばれて喜んでる芸人は誰もいない。 周りが勝手に呼んでいるだけ。
やすとものいたって真剣です 感想
夏休みなどの長期休暇を遣わず、不登校な10月って所も凄いです(笑) ゆる~い東海道五十三次。 忘れたころに続きが観たくなるかも(笑) 近畿圏を抜けたらいまの状況ちょっと移動は厳しそうですね。
そして、兄弟姉妹の漫才コンビは、 「相方がいなくなったら困る」と必死で思いが、 弟と妹の方がより強いのが印象的です。
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