フルタカヤマ ノボレ
フルタカヤマ ノボレ

フルタカヤマ ノボレ

「ニイタカヤマノボレ」といえば、真珠湾攻撃の決行を指令した暗号電文ですね。このニイタカヤマ(新高山)は何処にあるかというと、実は台湾にあります。現在は玉山と呼ばれ標高は3,952mで富士山より高いです。つまり当時の日本が統治する領域の中で最高峰だったということになります。だから歴史的な暗号電文に使われたのでしょうね。 しかし、登るならもっと相応しい山がありますよ。それは江田島にある古鷹山です。ここは海軍兵学校の生徒が鍛錬のために登っていたという山。日露戦争の「軍神」広瀬中佐は兵学校時代に百回以上登ったとか。そういう意味で、当時の海軍士官にとってはニイタカヤマよりも「フルタカヤマ ノボレ」と言わ…

「ニイタカヤマノボレ」といえば、真珠湾攻撃の決行を指令した暗号電文ですね。このニイタカヤマ(新高山)は何処にあるかというと、実は台湾にあります。現在は玉山と呼ばれ標高は3,952mで富士山より高いです。つまり当時の日本が統治する領域の中で最高峰だったということになります。だから歴史的な暗号電文に使われたのでしょうね。 しかし、登るならもっと相応しい山がありますよ。それは江田島にある古鷹山です。ここは海軍兵学校の生徒が鍛錬のために登っていたという山。日露戦争の「軍神」広瀬中佐は兵学校時代に百回以上登ったとか。そういう意味で、当時の海軍士官にとってはニイタカヤマよりも「フルタカヤマ ノボレ」と言われた方がしっくりきたのではないかと思います。 その古鷹山に登ってきました。江田島町中央の奥小路登山口から入って20分ほど登ると、眼下に海上自衛隊第一術科学校(旧海軍兵学校)が見えてきました。 久しぶりの山登りなので既にかなり息が上がってますが、見上げる山頂は思ったより険しそうです。ふうふう言いながら登っていると、その脇をトレーニングウエアを着た若者が駆け上がって行きました。術科学校の生徒さんなのかな。兵学校の鍛錬というのは、こういうふうに走って登り降りしていたのでしょうね。いや~頼もしいわ。

登り始めて1時間余り、やっとのことで山頂に着きました。山頂には10名くらいの登山者が居ましたが、結構年配の人が多いですね。ここからは周辺の瀬戸内海、広島市街から呉方面まで一望できます。天気も良くて、この眺めはまさに絶景でした。 山頂の一角には何故か軍艦旗が立っています。それ以外に東郷平八郎元帥の「五省訓」の碑など。こちらは江田島湾の方面、海には牡蠣筏が並んでいて穏やかな風景ですね。 登って下りて2時間半ほどの山歩きです。天気にも恵まれて、2月だというのに日中は汗ばむような日和でした。久々に気持ち良い汗をかきました。 www.hiroshima-kankou.com

まずは副菜とアラ汁を受け取って、主菜が出来るのを待ちます。副菜も選べるので、私は白身フライにしました。これとお汁だけでもご飯が食べられそうです。 しばらく待って主菜の登場。アナゴ丼は白焼きのアナゴが香ばしくて美味いです。 釜揚げしらすはこの周辺の島の名産。半生の食感、適度の塩分で、ご飯がすすみます。 あ~美味かった。副菜とアラ汁が付いて950円というのは本当にお値打ちです。ここは江田島~能美島~倉橋島周辺を巡るサイクリストにも大人気の食事スポットですね。

島の駅 豆が島 広島県江田島市大柿町飛渡瀬601-13