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ものの数え方一覧 | 助数詞一覧 = は行 - ほ = 【知識】

【知識】 帆の「一反」は、中世末期(安土桃山時代)から江戸時代、明治にかけて日本で使われた木造帆船の帆を構成する最小単位で、長さに関わりなく一定の幅を指す。一反の幅は二尺(61cm)から三尺(91cm)の間で一定していなかったが、大和型荷船では二尺五寸(76cm)巾のものがほぼ統一的に使われるようになった。普通、千石積級では二十五反で、その総巾は約六十三尺(19m)となり船巾の二倍以上もあって、長さも七十尺(21m)位あった。[参考:Wikipedia、宮城県塩竈市営汽船Webサイト] 何反帆という言い方は、一反の帆布地(筵の場合も)を横につないだ数。何枚帆という言い方もされる。 何反かで船の大きさを知ることが出来る。

  1. 【参考】ハンス・クリスティアン・アンデルセン 楠山正雄訳 「人魚のひいさま」: 船はだんだんはやくなり、帆は一枚一枚はられました。
  2. 【参考】田中貢太郎 「幽霊の自筆」: 一ぱい張った二十三反帆に北東の風を受けて船は西へ西へ走っていた。初夏の曇った晩であった。暗いたらたらとした海の上には風波の波頭が船の左右にあたって、海蛇のように幾条かの銀鼠の光を走らした。
  3. 【参考】佐々木味津三 「旗本退屈男 第七話 仙台に現れた退屈男」: 三十五反の真帆張りあげた 奥地通 ( おうちがよ ) いの千石船が、ギイギイと帆綱を 渚 ( なぎさ ) の風に鳴らしていたので、つい何とはなしに乗ったのが持病の退屈払い。
  4. 【参考】小島烏水 「天竜川」: 天竜川もこゝからは、先ず下流の姿になるので、交通もしげくなり、下り船も、毎日便宜がある、船を乗り替えるため、暫らく川に臨んだ茶屋で、時間を待っていると、八反帆を南風に孕ませた上り船が、白地に赤く目じるしを縫いつけて、二帆三帆と、追っかけ追っかけ、上って来る、
  5. 【参考】吉川英治 「鳴門秘帖 船路の巻」: 二百石船といえば十四 反帆 ( たんぽ ) 、 苫数 ( とますう ) 八十四枚、 水夫 ( かこ ) 十六人、飲み水十五石積だ。
  6. 【参考】徳永直 「光をかかぐる人々」: 十六艘の端舟に曳かれて港にはいってきつつある「オランダ入船」も、まだ沖合にいる「シャムかかり船」も、みな帆をおろしている。同じ帆船でも「かかり船」のすぐそばにみえる年番らしい肥後細川侯の九曜の紋のある一枚帆のそれが、風を孕んではしっているのに比べれば、このへんで帆を張っては危險なほど巨きなものらしい。

『 延喜式 ( えんぎしき ) (延長5年〈927年〉[]成立)』には、「初穂をば 千 ( ち ) 穎 ( かい ) 八百 ( やほ ) 穎 ( かい ) に 奉 ( まつ ) り 置 ( お ) きて」と見られる。

  1. 【参考】小川未明 「文化線の低下」: バーンズの詩の中に、野鼠について、うたったのがある。人間は、お前達が、畠のものを食べるといって、目の 敵 ( かたき ) にするけれど、同じく地から産れたものでないか。その生命をつなぐために、沢山な麦束の中から、僅かな一穂をとったからとて、決して罪になるものでない。
※ 文化財では一基という表現が見られる。 下部に炭火を入れた 箱 に、茶葉を乗せた焙炉を差し込み乾燥させる。 (『日本山海名物図会』 5巻 [2] 「焙籠」 ) 寛政9年〈1797年〉求板〔国立国会図書館蔵〕
  1. 【参考】菊池寛 「田原坂合戦」: 各大隊には砲兵が加って居たが、その有する処は、四斤砲二十八門、十二斤砲二門、臼砲三十門であった。
  1. 【参考】黒島傳治 「まかないの棒」: 「ううむ?」と曖昧に塩入れ場の前に六尺の天秤棒や、丸太棒やを六七本立てかけてある方に顎をちょいと突き出して搾り場を通り抜けて行ってしまった。
  2. 【参考】南方熊楠 「易の占いして金取り出だしたること」: 旅人、金のことは真実だと言って、女を片隅につれてゆき、とあるから、また例の千両の金の代りに鉄の棒を一本ぐっと進呈などとくるところと気を廻す読者も多かろうが、そんなことにあらず、一つの柱を叩かせると中が空虚らしく響く、この内に望みの金がある、小切りに出して使いたまえと示して旅人は去った。
  3. 【参考】小川未明 「黒い人と赤いそり」: その 星 ( ほし ) の 光 ( ひかり ) が 寒 ( さむ ) い 晩 ( ばん ) には 凍 ( こお ) って、 青 ( あお ) い 空 ( そら ) の 下 ( した ) に、 幾筋 ( いくすじ ) かの 銀 ( ぎん ) の 棒 ( ぼう ) のように、にじんでいるのが 見 ( み ) られたのです。
  4. 【参考】国枝史郎 「神州纐纈城」: 岩壁に懸けられた 面 ( おもて ) 達は、眼を開いたり眼を閉じたり、口を開いたり口を閉じたり、 龕 ( がん ) の焔の揺れるに連れて、その表情を変えていた。 岩壁から落ちている滝の水、一筋の銀の棒のようであった。 石槽 ( いしぶろ ) には水が溢れていた。パッパッと時々 泡沫 ( しぶき ) が飛んだ。
※ 文化財では一領という表現が見られる。
  1. 【参考】田中貢太郎 「法衣」: 尼僧は奥から一枚の法衣を持って来て、壮い男の前に置いた。壮い男は嬉しそうにそれを持って帰って往った。
【知識】 鳳凰は、中国神話に登場する想像上の鳥。2004年から発行されている一万円札の裏面の図柄としても使われている。
  1. 【参考】芥川龍之介 「追憶」: 昔、うちの隣にいた××××(この名前は覚えていない)という人はちょうど元日のしらしら明けの空を白い 鳳凰 ( ほうおう ) がたった一羽、 中洲 ( なかず ) の方へ飛んで行くのを見たことがあると言っていたよ。もっともでたらめを言う人だったがね
  1. 【参考】芥川龍之介「長江游記」: しかし長江を去来するのは、勿論この筏のように、原始時代の遺物に限った訣じゃない。一度は亜米利加の砲艦が一艘、小蒸気に標的を 牽 ( ひ ) かせながら、実弾射撃なぞをしていた事もある。
  2. 【参考】岸田國士「従軍五十日」:「敵の一部は、そこに繋いであつた船に乗つて湖の上を逃げたんです。こつちが快速艇をもつてゐれば面白いんですがねえ。この前の討伐の時は、丁度この湖の岸沿ひに邵伯鎮といふところをやつたんですが、あの時は船を使ひました。手漕ぎのやつをね。ところが、向うは砲艦を二艘もつてゐましてね、すぐそばまでやつて来て、生意気に撃つぢやありませんか。それを見つけたこつちの砲兵がすぐ応戦したんですが、この海軍、これはまた、逃げ足の早いやつで……」
  3. 【参考】宮沢賢治「烏の北斗七星」: 二十九隻の 巡洋艦 ( じゅんようかん ) 、二十五隻の 砲艦 ( ほうかん ) が、だんだんだんだん飛びあがりました。おしまいの二隻は、いっしょに出発しました。ここらがどうも烏の軍隊の不規律なところです。
  4. 【参考】久生十蘭「海難記」: 筏に乗った百四十九名の境遇もまた比類のないものであった。それほどの人間を乗せた、砲艦の一隻分ほどもある木材の巨大な結束が、うやむやのうちに自分らをサン=ルイ島まで運んで行ってくれるかも知れないという、放埓な夢想に耽りだしたところから悪運がはじまった。
※ 文化財では一柄という表現が見られる。
  1. 【参考】下村湖人 「次郎物語 第三部」: 幸い縁側の突きあたりの壁に箒が一本かかっているのを見つけて、
※ 数え方は、形状などによって様々。
  1. 【参考】小島烏水「谷より峰へ峰より谷へ」: 奥穂高といっても、岩石の 逼迫 ( ひっぱく ) した凸った地点に、棒杭一本を打ち込んであるだけのことであった。
  2. 【参考】山本周五郎「お繁」:――左岸には川柳が茂っていて、流れにあらいだされた薄紫色の根が水の中へ美しく差伸ばされているのが見える、そこからすこし右手に朽ちかかった 棒杭 ( ぼうくい ) が五六本あって、葉の細長い藻の生えた深い 淀 ( よど ) みができている、わたしはそこへ舟を着けて釣糸を垂れた。
  3. 【参考】佐左木俊郎「都会地図の膨脹」: 併しこの場合は、地主達三人は、借手の要求のままに耕作中の畑の一隅を分割していたのでは、二重にも三重にも損なことを体験していた。彼等は 私 ( ひそ ) かな戦術をもって、一本の「住宅地分割貸地」の棒杭に合同したのだった。
  1. 【参考】海野十三 「二、〇〇〇年戦争」: スイギン提督からの報告は、一報ごとに、戦争次官アルゴン大将の顔に、明るい色を増させるばかりだった。
  1. 【参考】谷譲次「踊る地平線」: 入国ならば持物に制限がある。男には帽子一個——一見して帽子の定義に適合する品にかぎる——下着三枚、つけ代えのぼたん五個、
  2. 【参考】島崎藤村「山陰土産」: 夏帽子一つ、洋傘一本、東京を出る前の日に「 出来 ( でき ) 」で間に合はせて来た編あげの靴も草鞋をはいた思いで、
  1. 【参考】宮崎湖処子 「空屋」: かくて一七日となり法事を営まねばならざりき、さらでも野菜なき夏の半ば、
  2. 【参考】夢野久作 「復讐」: 三七日の法事の時に、親類たちと相談をしまして、四十九日の法事が済んだら、間もなく式を挙げる事に決定したのですが、
  3. 【参考】森鷗外「渋江抽斎」: 二世勝三郎の 花菱院 ( かりょういん ) が三年忌には、男女名取が 梵鐘 ( ぼんしょう ) 一箇を西福寺に寄附した。七年忌には金百円、幕 一帳 ( ひとはり ) 男女名取中、 葡萄鼠縮緬幕 ( ぶどうねずみちりめんまく ) 女名取中、大額 並 ( ならびに ) 黒絽夢想袷羽織 ( くろろむそうあわせばおり ) 勝久門弟中、十三年忌が三世の七年忌を繰り上げて 併 ( あわ ) せ修せられたときには、 木魚 ( もくぎょ ) 一対 ( いっつい ) 墓前 花立 ( はなたて ) 並綫香立男女名取中、十七年忌には 蓮華形皿 ( れんげがたさら ) 十三枚男女名取中の寄附があった。また三世勝三郎の 蓮生院 ( れんしょういん ) が三年忌には 経箱 ( きょうばこ ) 六個経本 入 ( いり ) 男女名取中、十三年忌には 袈裟 ( けさ ) 一領家元、 天蓋 ( てんがい ) 一箇男女名取中の寄附があった。
【知識】 糸車(いとぐるま)、糸繰車(いとくりぐるま)、糸取車(いととりぐるま)、糸撚車(いとよりぐるま)、早糸車(はやいとぐるま)などとも。 『訓蒙図彙』に見られる「紡車」 「 訓蒙図彙 ( きんもうずい ) 」は、 中村惕斎 ( なかむらてきさい ) によって、江戸時代の寛文6年〈1666年〉[] に著された日本初とされる図解事典。「訓蒙図彙」を見る
  1. 【参考】吉川英治 「私本太平記 あしかが帖」: 筥には青銅の座金もあるが、鍵はかけてない。ぼてっと湿気をおびた一封の包み 奉書 ( ほうしょ ) が中にあった。
  1. 【参考】吉川英治 「私本太平記 あしかが帖」: 「――飛脚のこと、かく対処あるべし」 と、六波羅へ指示すべき幕府方針の一案も見いだしえない有様だった。
  1. 【参考】夏目漱石 「三四郎」: 砲声一発 浦賀 ( うらが ) の夢を破ってという 冒頭 ( ぼうとう ) であったから、
  2. 【参考】正岡容 「艶色落語講談鑑賞」: 八百八町の人々が、黒船一発の砲声に、徳川三百年の愉しいなつかしいゆめ破られなかった頃のお話。
【知識】 「一顆」「一丸」は、古文書に見られる。 『延喜式 卷第十九 式部省下』(延長5年〈927年〉十二月廿六日) 『多度神宮寺伽藍縁起資財帳』(延暦20年〈801年〉) 水精玉七丸〈大一丸 中三丸 小二丸 次小三丸〉 【知識】 「塊」は、『東海璚華集(惟肖得巌(1360-1437・室町中期)著』に「瑪瑙」の数として見られる。「瑪瑙大小弐拾塊」。
  1. 【参考】エドガー・アラン・ポー 佐々木直次郎訳 「黄金虫」: 宝石の価格を見積るのはいっそう困難だった。 金剛石 ( ダイヤモンド ) は――そのなかにはとても大きい立派なものもあったが――みんなで百十個あり、小さいのは一つもない。すばらしい光輝をはなつ 紅玉 ( ルビー ) が十八個、 緑柱玉 ( エメラルド ) が三百十個、これはみなきわめて美しい。 青玉 ( サファイア ) が二十一個と、 蛋白石 ( オパール ) が一個。それらの宝石はすべてその台からはずして、箱のなかにばらばらに投げこんであった。
  2. 【参考】夢野久作 「死後の恋」: 見るとその中から、大小二、三十粒の見事な宝石が、キラキラと輝やき出しているではありませんか。
  3. 【参考】国枝史郎 「娘煙術師」: 何よりも紋也の瞳に、強く印象されたのは、うつむけた顔の額越しに、 凝然 ( じっ ) とみつめている女の眼つきで、よくいえば二粒の宝石であり、悪くいえば 蝮 ( まむし ) の眼であるといえた。
  4. 【参考】菊池寛 「真珠夫人」: 眸を凝すと、鋭い光を放つ一顆の宝石が、鏤められていた。
  5. 【参考】宮本百合子 「C先生への手紙」: 一顆の尊い宝石に代る金を暗示するから厭でございます。
  6. 【参考】寺田寅彦 「話の種」: この宝石の発見されたのは一昨年の正月の事であった。プレトリアという所に近い採掘場で地下十八フィートの穴から見出された。その重量三千二十四カラット強で、従来世界第一と称せられていたものの三倍以上である。
【知識】 「クール」は、テレビ・ラジオ番組の、週一回の連続放送の一区切りの単位を言い、「ワンクール」は通常十三週・十三回。
  1. 【参考】小栗虫太郎 「潜航艇「鷹の城」」: 室戸丸は、五発の砲弾を喰いそのまま 藻屑 ( もくず ) と消えてしまったのである。
《包丁の種類》 【和包丁】 出刃包丁(でばぼうちょう) 薄刃包丁(うすばぼうちょう) 菜切り包丁(なきりぼうちょう・なっきりぼうちょう) 刺身包丁(さしみぼうちょう) 三徳包丁(さんとくぼうちょう) 身卸包丁(みおろしほうちょう) 舟行包丁(ふなゆきほうちょう) 鮪包丁(まぐろぼうちょう) 鰻裂き(うなぎさき) 穴子包丁 鱧切り(はもきり) フグ引き 麺切包丁(めんきりぼうちょう) 寿司切り 餅切り 豆腐切り 寒天切り 西瓜切り 菓子切り 【洋包丁】 牛刀(ぎゅうとう) 筋引(すじびき) カービングナイフ スライサー クレーバー 骨スキ(ほねすき) フィレナイフ 洋出刃(ようでば) ペティナイフ パン切り包丁
  1. 【参考】太宰治 「犯人」: 「そうか。いい。たのまない。」 立って、二階から降り、あきらめきれず、むらむらと憎しみが燃えて逆上し、店の肉切庖丁を一本手にとって、 「姉さんが 要 ( い ) るそうだ。貸して。」 と言い捨て階段をかけ上り、いきなり、やった。
  2. 【参考】宮本百合子 「日記 一九二六年(大正十五年・昭和元年)」: 途中酔っぱらいの土方、何かわめいて居る。私、北村、くっついて通りぬけ、モヤーその男が「庖丁一本持ってるぞ!」と威張って居るのを見た由。
  3. 【参考】若杉鳥子 「ある遊郭での出来事」: その時鮪包丁が一本見えなくなった事は誰も気がつかなかったんだ。
  4. 【参考】野村胡堂 「錢形平次捕物控 萬兩分限」: 武家屋敷といふと、町人の家より戸締りが嚴重な上に、 長押 ( なげし ) には 槍 ( やり ) が掛けてあるし、御本人は御丁寧に冷たい人斬庖丁を、二梃も三梃も取揃へて、生涯添寢をしてゐるんだと思ふと、あつしは氣の毒で、氣の毒で 若い富山七之助の方が、中年者の秋山彌十を斬り殺してしまつたんです。人斬庖丁を二本づつブラ下げて居るんだから、腹が立つたり氣が變つたりすると、何をやり出すか、わかつたものぢやない、全く物騷な話で――
※ 文化財では一基という表現が見られる。
  1. 【参考】佐藤垢石 「増上寺物語」: そして合祀の墓所には一基ずつの銅製あるいは石造の宝塔を建て、宝塔の前に小さな拝殿を設けたのである。
  1. 【参考】海野十三 「空襲葬送曲」: 大蜻蛉 ( おおとんぼ ) の化物のような感じのする防毒マスクが二つ 倚 ( よ ) り 合 ( あ ) って、 辛 ( かろ ) うじて、こんな意味を通じた。
  1. 【参考】坂口安吾 「ニューフェイス」: ツウさんは腸が悪いから五分に一発ぐらいずつ大きな屁をたれる。そのとき笑っちゃいけないよ。
  2. 【参考】夢野久作 「豚吉とヒョロ子」: 「アア。やっとこれで安心した。ドレ、ここで一発放そうか」と云ううちに、大きなオナラを一つブーッとやりました。
  3. 【参考】織田作之助 「猿飛佐助」: 忍術には屁の音は要らぬものじゃが、放屁走尿の束の間にも、夢幻の術を行うという所を見せるために、わざと一発放ってみたのじゃ
  4. 【参考】坂口安吾 「お奈良さま」: 一分間に一ツずつ一時間オナラを連発せしめる作業の方が楽だということである。
  1. 【参考】折口信夫 「霊魂の話」: 我々の祖先は、ものの生れ出るのに、いろ/\な方法・順序があると考えた。今風の言葉で表すと、其代表的なものとして、卵生と胎生との、二つの方法があると考えた。
  2. 【参考】小酒井不木 「手術」: 御承知でも御座いましょうが、子宮を剔出するには腹部から致しますのと、局部から致しますのと二通りの方法が御座います。
  1. 【参考】佐藤垢石 「姫柚子の讃」: ちり鍋の材料は、大きなほうぼう一尾、 槍烏賊 ( やりいか ) 三杯、白菜、 根深 ( ねぶか ) 、細切りの 蒟蒻 ( こんにゃく ) などであったが、これは決して贅を尽くした魚菜とはいえまい。
  2. 【参考】海野十三 「敗戦日記」: ◯きょう見た売物 魚 ほうぼう 十尾(浅草) 十円 〃 冷凍サバ 一尾(蛎殻町) 三円 〃 すずき百匁(日本橋三越前) 十五円 くらかけ橋傍 猿また(絹) 三十七円 綿靴下 十円 綿ハンカチーフ 十円 人形町 地図 一枚 五円
  1. 【参考】太宰治 「トカトントン」: 新聞をひろげて、新憲法を一条一条熟読しようとすると、
※ 文化財では一基という表現が見られる。 【知識】 「鳳輦」は 天子の乗り物。屋形の上に金銅の鳳凰を据えた輿。 『鳳輦』江戸時代・19世紀 ※ 文化財では一面、一掛という表現が見られる。 『頬当・表』 重要文化財 (安土桃山時代 16c) 『頬当・裏』 重要文化財 (安土桃山時代 16c) 『南蛮胴具足』 重要文化財 (安土桃山時代 16c)
  1. 【参考】吉川英治 「上杉謙信」: 信繁は、信玄の弟だ。中軍二十一流の旗の下に、信玄の嫡子の太郎義信などの一族とともに進んでいた。 「お呼びでしたか」 答えたのは山本勘介、入道して道鬼と号している謀臣のひとりである。法師首に漆黒のかぶとを頂き、 頬当 ( ほおあて ) の間から白い眉毛を植えたように見せていた。
  2. 【参考】中里介山 「大菩薩峠 年魚市の巻」: 「まず 小袴 ( こばかま ) から……」 色のあせた 緞子 ( どんす ) の小袴をとって帯の上に結び、 「 誂 ( あつら ) えたように三星まである。ところで、この紐をこうしめて前へ引きまわし、 前締 ( まえじめ ) に引通して結ぶ。普通の袴のように、前の紐をさきに結んで、後ろのをあとで結ぶのはいけない」 小袴をつけ終ってから、 「足袋はあと、 脚絆 ( きゃはん ) は略して…… 草鞋 ( わらじ ) も略して、それから 脛当 ( すねあて ) だ。多分これは、多門脛当というやつだな」 脛当を取って、まず左の足につけながら、 「こうして左から先にはいて……右足を後に、おっと、この 承鐙肉 ( あぶみずり ) は内側にならなけりゃいかん。どうも、下へ脚絆を穿いとかないと、気色が悪いけれど。そうして紐は 空解 ( そらど ) けのしないように、結び目を左右に分けてはさんでおく。それから 佩楯 ( はいだて ) か……これは 威佩楯 ( おどしはいだて ) になっている、こうはいて、こう締めて、さてこの前締をどうしたものかな。すべて前締のあるのは、腰をさがらせないように特に注意してあるのだから、無用と思って閑却すると、立働きの時に、その罪がテキメンに現われて来る。さてお次は 決拾 ( ゆがけ ) かな」 決拾一対を探り出して、 「近代の具足では、この決拾というやつはあんまり使わないらしい。馬上に弓の場合だな。これも左が先、右が後……すべて甲冑の着用には左を先にすることが 定法 ( じょうほう ) になっているのだ。さあ、この次は 籠手 ( こて ) だ」 鉄にかなりの時代のある筒籠手を引っぱり出した仏頂寺は、二三度ひっくり返して、 「さあ、これが本当の小手調べだ、どっちが左だい……そうか、まあ、こんなことでよかろう、この辺でお茶を濁しておけ」 一応、 籠手 ( こて ) をつけ終った後に、 脅曳 ( わきあい ) 、胴を着けて、 表帯 ( うわおび ) を結び、 肩罩 ( そで ) をつけ、 「これから両刀だ、これは御持参物を以て間に合わせる」 と刀をさし、次に 職喉 ( のどわ ) 、鉢巻、 頬当 ( ほおあて ) から 兜 ( かぶと ) をかぶり終って一通りの行装をすませて、ずっしずっしと室内を歩み出し、 「どうだ、武者ぶりは……」
  1. 【参考】原民喜 「潮干狩」: I橋を潜り抜けると、H山の見える土手に火見櫓があった。櫓の上からホースが二すじ釣りさがっているのが灰色に見えその少し向は桜並木が黒々と渦巻いていた。
  1. 【参考】太宰治 「津軽」: 沼が見える。芦の湖という名前である。この沼に兄は、むかし遊覧のボートを一艘寄贈した筈である。
  2. 【参考】島崎藤村 「山陰土産」: この境内には一隻の白いボートが置いてあったが、そのボートこそ例の敗残の露艦ウラル号の乗組員を乗せて着いた日本海々戦の記念と知れた。

【知識】 かつて「ボート」「ボートレース」「モーターボート競走」となど呼ばれていたが、1997年(平成9年)度から2009年度まで「競艇 (kyotei)」に統一され、2010年(平成22年)度からは「BOAT RACE」(ボートレース)が統一呼称として使用されている。

【知識】 「Hovercraft」は登録商標であるが、一般名称としての使用が認められている。一般呼称はエアクッション艇。 【知識】 「ホームページ」は、ウェブサイトの最初の1ページ目、つまり「入り口」を指し、スタートページとも呼ばれる。日本では本来の意味を取り違え、サイト全体の意味で使われることがある。 【知識】 ローストチキンなどに使う丸ごとの鶏肉。 ※ 文化財では一対という表現が見られる。
  1. 【参考】石川啄木 「病院の窓」: 港の中には 汽船 ( ふね ) が 二艘 ( にはい ) 、四つ五つの 火影 ( ほかげ ) がキラリ/\と水に散る。
  2. 【参考】吉江喬松 「木曾御嶽の両面」: 何里位か 判明 ( わか ) らないが、山が低くなって地がやや開けて来たと思うとその山の下に火影が一つ見えた。懐しき火影、この時位人家を懐しく感じた事はない。
  3. 【参考】中里介山 「大菩薩峠 不破の関の巻」: まさに草木も眠りに落ちている高山の天地――宮川筋にまばゆき二三点の 火影 ( ほかげ ) のみがいやになまめかしい。
  4. 【参考】国枝史郎 「仇討姉妹笠」: 裏木戸に面した反対側は、小借長屋らしく思われたが、どうやら空店になっているらしく、ビッシリ雨戸がとざされていて、火影一筋洩れて来なかった。
  5. 【参考】吉川英治 「鳴門秘帖 船路の巻」: とたんに、かれの白 足袋 ( たび ) が、そばに置いた 手雪洞 ( てぼんぼり ) を踏みつけ、一道の 灯 ( ほ ) かげが天井へ 揺 ( ゆ ) れたかと思うと、
  1. 【参考】芥川龍之介 「少年」: 彼は海へ張り出した 葭簾張 ( よしずば ) りの茶屋の手すりにいつまでも海を眺めつづけた。海は白じろと 赫 ( かがや ) いた帆かけ船を 何艘 ( なんそう ) も浮かべている。長い煙を空へ引いた二本マストの汽船も浮かべている。
  2. 【参考】夢野久作 「猿小僧」: その湖は大変景色がよかったので、小僧はぼんやりと見とれていると、やがて沖の方から一 艘 ( そう ) の帆掛船が来るのが見えた。小僧は久し振りにこんなものを見たので、何だか懐かしいような気がしてなおも一心に見ていると、その船はだんだん近寄って、小僧の眼の前の砂原に着いて帆を 卸 ( おろ ) した。
  3. 【参考】小島烏水 「天竜川」: 八反帆を南風に孕ませた上り船が、白地に赤く目じるしを縫いつけて、二帆三帆と、追っかけ追っかけ、上って来る、
  4. 【参考】徳冨蘆花 「小説 不如帰」: 不動祠 ( ふどうし ) の下まで行きて、浪子は岩を払うて 坐 ( ざ ) しぬ。この春 良人 ( おっと ) と共に坐したるもこの岩なりき。その時は春晴うらうらと、 浅碧 ( あさみどり ) の空に雲なく、海は鏡よりも光りき。今は秋陰 暗 ( あん ) として、空に 異形 ( いぎょう ) の雲満ち、海はわが坐す岩の下まで満々とたたえて、そのすごきまで 黯 ( くろ ) き 面 ( おもて ) を点破する一 帆 ( ぱん ) の影だに見えず。
  1. 【参考】織田作之助 「それでも私は行く」: 鶴雄はその演説よりも、慈善鍋の立看板の方に心を惹かれた、数字が出ているからだろうか。
悲願! 戦災者引揚者急援同盟募金成績 第一回 七百五十二円三十銭 四月十三日 於円山公園 第二回 三百四十三円十銭 四月十七日 於嵐山
  1. 【参考】森鷗外 「伊沢蘭軒」: しかれども図式は頗奇異なり。 全 ( まったく ) 摸写のものならん。名識印章並になし。 竪幅 ( じゅふく ) 二掛一対墨画十六羅漢明兆画とありて印なし。飛動気韻ありて且古香 可掬 ( きくすべし ) 。
  2. 【参考】大町桂月 「月譜」: 俗気なき人と碁をかこみて、黄昏に至りて、碁の目見えわかねば、しばし子を下す手をとゞめて、浮世の外のこと語らふほどに、眉目いつしかあきらかになれるに、顧みれば梅が枝まるまどにうつりて、さながら一幅の墨画の如し。窓をひらけば、月は老梅の梢に在り。
※ 文化財では一振、一口という表現が見られる。
  1. 【参考】中里介山 「大菩薩峠 椰子林の巻」: 褌 ( ふんどし ) 一つで木刀を一本、その真中に状箱を 結 ( ゆわ ) いつけたのを肩にかついでいる。
  2. 【参考】牧野信一 「天狗洞食客記」: 間もなく小間使が恭々しく一振りの木刀を携へて来て、
  3. 【参考】菊池貴一郎(四代目歌川広重)「絵本江戸風俗往来」: 荷なえる者は紺染の衣類は高く裾を 絡 ( から ) げ、幅広き帯を結び、 真鍮 ( しんちゅう ) 金物打ちたる木刀一腰を差し、草履を穿きたり。
  1. 【参考】太宰治 「金錢の話」: 私は西鶴の「日本永代蔵」や、「胸算用」を更に熟読玩味する事に依って、貯蓄の妙訣を体得しようと思い立った。西鶴は、いろいろと私に教える。《中略》「ぬり下駄片足なるを水風呂の下へ燒く時つくづくむかしを思出し、まことに此の木履は、われ十八の時この家に嫁入せし時、雜長持に入れて來て、それから雨にも雪にもはきて、齒のちびたるばかり五十三年になりぬ、われ一代は一足にて埒を明けんと思ひしに、惜しや片足は野良犬めに 喰 ( くは ) へられ、はしたになりて是非もなく、けふ煙になす事よと四五度も繰りごとを言ひて、」やがて、はらはらと涙を流す隱居の婆樣の事など、あきれるばかり事こまかに報告しているのである。
  2. 【参考】坂口安吾 「屋根裏の犯人 ――『鼠の文づかい』より――」: この 木履 ( ぼっくり ) は私が十八の年、当家へお嫁入りのとき長持に入れて持って参ったもので、歯がちびたのはいつの頃からでしたか。雨の日も雪の日もこれをはきまして、早いもので、五十三年になります。私一代はこの一足で埒をあけるつもりでしたが、惜しいじゃありませんか。野良犬に片方とられて、今日是非もなく煙にしなければなりません。一代に二足も下駄をはこうなどとは、この年まで夢にも思わなかったのに、なさけなや、ナムアミダブツ
  1. 【参考】泉鏡花 「婦系図」: 垣覗 ( かきのぞ ) きを遣ったって、 黒子 ( ほくろ ) 一点 ( ひとつ ) も見せやしない、誰だと思う、おい、己だ。
  2. 【参考】国枝史郎「生死卍巴」: 延びやかに高くて端麗な鼻梁に、一つの 黒子 ( ほくろ ) を特色的に付けて、
※ 文化財では一基という表現が見られる。
  1. 【参考】大阪圭吉 「動かぬ鯨群」: 表面法律で許された二隻の捕鯨船で、その実、三隻それも一隻はぬけぬけと脱税までして、能率を上げていたんですよ
※ 「口」「件」は加入件数で、「商品」「つ」は商品として。 【知識】 「枚」は、『 延喜式 ( えんぎしき ) (延長5年〈927年〉[]成立)』に「刀子、錐、針、鉾鋒各八枚」などと見られる。 ※ 文化財では一振、一口という表現が見られる。 【知識】 車輪で動く場合、通常、“基”は使わないが、文化財などとして収蔵された状態で“基”が使われることがある。 ※ 文化財では一基という表現が見られる。 ※ 文化財では一棟という表現が見られる。
  1. 【参考】喜田川守貞 「守貞謾稿 巻之二十六(春時) 」: 二月 初午 ( はつうま ) 日 諸国ともに稲荷明神を祭る。〈中略〉江戸にては、武家および市中稲荷祠ある事、その数知るべからず(武家、および市中巨戸、必ずこれあり。また一地面、専ら一、二祠これあり。これなき地面はなはだ稀とす)。
【編集注】「守貞謾稿(もりさだまんこう)」は、天保8年(1837)から慶応3年(1867)まで、30年間にわたって書かれた江戸時代後期の風俗史。 []
  1. 【参考】織田作之助 「道」: 突然襲って来る焦躁にたまりかねて、あっと叫び声をあげ祈るように両手も差し上げるのだが、しかし天井からは埃ひとつ落ちて来ない。
  2. 【参考】平林初之輔 「山吹町の殺人」: 大都会という巨大な存在には、あれ位な出来事は皮膚の上へ一片の 埃 ( ほこり ) が落ちた位の 刺戟 ( しげき ) しか与えないのだろう。
  3. 【参考】夢野久作 「一足お先に」: あの一番左側の水洗式の壺の中に、キルクの栓が一個浮いているのを見逃しませんでした。マッチを 擦 ( す ) ってみると、その水の表面にはホコリが一粒も浮いていない。つまり最近に流されたものである事を確かめて、イヨイヨ動かす事の出来ない確信を得ました。
  1. 【参考】亀井勝一郎 「大和古寺風物誌」: しかしこの 刹那 ( せつな ) がすぎると、今度は際限のない怠惰な気持におちいり、古寺巡りなどもう 億劫 ( おっくう ) になってしまう。その折の自分に、好ましく思われた野辺や、一 躯 ( く ) の 菩薩 ( ぼさつ ) 像の前に 坐 ( ざ ) して、ただわけもなく、うつらうつらと一日を遊び過していたい――そういう気持になる。
  1. 【参考】海野十三 「地球発狂事件」: なるほどわが太陽系においては、生物の棲息し得る惑星、わが地球と火星とをおいて、その外には見当らないかもしれない。だが大宇宙は広大だ。そこには二百億個以上の恒星が眩しく輝いているのだ。
  2. 【参考】堀辰雄 「風立ちぬ」: 私はぼんやりと暁の星がまだ二つ三つ 幽 ( かす ) かに光っているのを見つめていた。
  3. 【参考】国木田独歩 「武蔵野」: 国境をめぐる連山地平線上に黒し。星光一点、暮色ようやく到り、林影ようやく遠し
  4. 【参考】島崎藤村 「新生」: 時々その一点の星の光を見ようとして 窓側 ( まどぎわ ) に立つと、 凄 ( すさま ) じい群集の仏蘭西国歌を歌って通る声が
  5. 【参考】押川春浪 「海島冐檢奇譚 海底軍艦」: 天空 ( そら ) には 星影 ( ほしかげ ) 一 點 ( てん ) 、二 點 ( てん ) 、 又 ( ま ) た三 點 ( てん ) 、 風 ( かぜ ) 死 ( し ) して 浪 ( なみ ) 黒 ( くろ ) く、
  6. 【参考】中谷宇吉郎「比較科学論」: 流星は案外たくさん始終地球上に降りそそいでいるもので、重さ一ミリグラム以上の流星は、一日に一億七千万個、〇・〇二五ミリグラムのものまでいれると、一日に八十億個ぐらいは地球の大気中にはいっていると、専門家は計算している。
  7. 【参考】大島亮吉「涸沢の岩小屋のある夜のこと」: ふと夜空に流星がひとつすっと尾をひきながら強く瞬間的にきらめいて、なにかひとつの啓示を与えたかのように流れ消えた。
  8. 【参考】岸田國士「遂に「知らん」文六(三場)」: どの星も、どの星も、ぢつとしたまゝ、普段の通りに輝いてゐます。普段よりも、しめやかに輝いてゐます。「どれだ、彗星は」誰かゞ叫びました。かうして空を見てゐるといつでも、一つや二つの流れ星が眼につくものです。
※ 文化財では一枚という表現が見られる。
  1. 【参考】夏目漱石 「道楽と職業」: これでは相互を了解する知識も同情も起りようがなく、せっかくかたまって生きていても内部の生活はむしろバラバラで何の連鎖もない。ちょうど 乾涸 ( ひから ) びた 糒 ( ほしい ) のようなもので 一粒 ( ひとつぶ ) 一粒に孤立しているのだから根ッから面白くないでしょう。
※ 桜海老などの小さい物は、袋の単位で「一袋」などとも。
  1. 【参考】興福寺大乗院第十八世門跡経覚 「経覚私要鈔第六」: 八日、 薬師呪千反唱之、 一 左衛門五郎榼一双・干柿一連賜之、
  1. 【参考】フランツ・カフカ 原田義人訳 「変身」: 半分腐った古い野菜、固まってしまった白ソースにくるまった夕食の食べ残りの骨、一粒二粒の乾ぶどうとアーモンド、グレゴールが二日前にまずくて食えないといったチーズ、何もぬってはないパン、
  1. 【参考】中里介山 「大菩薩峠 山科の巻」: 双方に眼を配って、一本の捕縄をしごいて、空しく立っているらしい。
  1. 【参考】太宰治 「グッド・バイ」: 部屋の壁には、無尽会社の宣伝ポスター、たった一枚、他にはどこを見ても装飾らしいものがない。
  2. 【参考】岸田國士 「かへらじと 日本移動演劇連盟のために」: 居間には囲炉裡が切つてある。壁に旧式の猟銃二挺と獲物袋とが物々しく、掛けてある。店は半ば取り片づけられ、板敷の一部に茣蓙が敷いてある。正面の棚には、雑然と缶や空壜が並び、キャラメルのポスターが一枚。休業同然の駄菓子屋であることが察せられる。
【知識】 郵便関連で「ポスト」と言った場合は、「郵便差出箱」である「郵便ポスト」を指すことが多いが、郵便受けを「ポスト」と呼ぶこともある。 【知識】 サッカー、ハンドボール、フットサル、ラクロスなどのスポーツで使われるゴールポスト。
  1. 【参考】豊島与志雄 「ヘヤーピン一本」: よくは見なかったが、まだ二十歳前の年頃のようで、銘仙らしい着物やモンペは、縞柄はじみだが清楚な感じで、人造革の小型なボストンバッグを一つさげていた。
【知識】 一才・一切は、一辺が一尺(30.3cm)の立方体で、体積は一立方尺=約0.0278㎥のこと。
  1. 【参考】久生十蘭 「三界万霊塔」: 威容を誇っていた二十六隻の船団は、母船とも十一隻になってしまったが、それから間もなく、船団の代表者の対島利吉が息子だという十二、三の子供を連れて遊びにきた。
  1. 【参考】小島烏水 「天竜川」: 又船を川中へ押しやろうとすると、河原について、瀬が浅いので、がりがり言うばかりで、動かない、二条の細引を舳先に括りつけ、二人して水の中へ入りながら、深いところまで船をおびき出して、動き調子がついたときに、手繰りながら船に躍り込む。
  1. 【参考】岡本綺堂 「廿九日の牡丹餅」: 女にすすめられて、金助はその牡丹餅を一つ食った。延津弥も食った。晦日まえで忙しいというので、金助は長居もせずに帰った。事件はこれから 出来 ( しゅったい ) したのである。
※ 昆虫を「一頭」と数えることがあるが、新聞や放送などでは「匹」を使うとされる。 ※ 蛍の光は、「一点」「一灯」「一筋」「一条」などで表される。
  1. 【参考】織田作之助 「大阪の憂鬱」: 京都ではただで飛んでいる蛍をつかまえて、二匹五円で売っている。
  2. 【参考】宮沢賢治 「春と修羅 第二集」:
ほたるの二疋がもつれてのぼり まっ赤な星もながれれば 水の中には末那の花
  1. 【参考】平出修 「公判」: 見ろこの釦は。七十五銭で買ってもう三年にもなる。あの弐十円さえあれば、二十箇以上を買い得るのだ。あいつがとったばかりに…………。
  2. 【参考】海野十三 「超人間X号」: その下には五六十個のボタンがついていたのである。
  3. 【参考】太宰治 「おしゃれ童子」: 賞品をもらうときシャツの袖がちらと出て、貝のボタンが三つも四つも、きらきら光り輝くように企てたのでした。
  4. 【参考】ディッケンス 森田草平訳「クリスマス・カロル」: 印刻が一つ二つ、鉛筆入れが一個、 袖口 ( カフス ) ボタンが一組、それに安物の襟留めと、これだけであった。
  5. 【参考】ニコライ・ゴーゴリ 平井肇訳 「鼻」: どうも彼奴は飲んだくれで、窃盗もやりかねない奴だとにらんでいましたが、つい一昨日のこと、ある店からボタンを一揃いかっぱらいましてね。
【知識】 花はシャクヤクに似ているが、シャクヤクは草本であるのに対し、ボタンは樹木。「立てば芍薬、坐れば牡丹、歩く姿は百合の花」などの言葉がある。
  1. 【参考】泉鏡花 「燈明之巻」: 西明寺を志して来る途中、一処、道端の低い 畝 ( あぜ ) に、 一叢 ( ひとむら ) の 緋牡丹 ( ひぼたん ) が、薄曇る日に燃ゆるがごとく、二輪咲いて、枝の 莟 ( つぼみ ) の、 撓 ( たわわ ) なのを見た。
  2. 【参考】桑原隲蔵 「大師の入唐」: 一本の玉釵に七十万銭を擲つ者もあれば(『小學』卷六)、一株の牡丹に数万銭を惜まぬ者
  3. 【参考】芥川龍之介 「骨董羹 ―寿陵余子の仮名のもとに筆を執れる戯文―」: 今日 猶 ( なほ ) 之を翻読するも 宛然 ( えんぜん ) たる 一朶 ( いちだ ) の 鼈甲牡丹 ( べっこうぼたん ) 、光彩更に磨滅すべからざるが如し。

【知識】 『喜田川守貞・守貞謾稿』「幼稚の女(略)用う。傾城町の 禿 ( かむろ ) は必ずこれを用う。歩行の時、こほり/\と音する故に名付けて、こっぽり下駄と云う。江戸にもこれあり。号けてぽっくり下駄と云う。これまた音にて号くるのみ」 *江戸時代、京坂(関西)では「こっぽり」、江戸では「ぽっくり」と言っていたとされる。

※ 文化財では一柄、一振、一握という表現が見られる。

【参考】 夏目漱石は「虞美人草」の中で「麈尾」を「ほっす」としている。『嫁ぎ 後 ( おく ) れたる世の常の女の 習 ( ならい ) なるに、 麈尾 ( ほっす ) に払う折々の 空音 ( そらね ) に、 琵琶 ( びわ ) らしき響を 琴柱 ( ことじ ) に聴いて、本来ならぬ 音色 ( ねいろ ) を興あり気に楽しむはいよいよ不思議である。』

『訓蒙図彙』に見られる「払子」 「 訓蒙図彙 ( きんもうずい ) 」は、 中村惕斎 ( なかむらてきさい ) によって、江戸時代の寛文6年〈1666年〉[] に著された日本初とされる図解事典。「訓蒙図彙」を見る
  1. 【参考】泉鏡花 「茸の舞姫」: 冬は雪 掻 ( かき ) の手伝いなどした 親仁 ( おやじ ) が住んだ……半ば立腐りの長屋建て、 掘立小屋 ( ほったてごや ) という 体 ( てい ) なのが 一棟 ( ひとむね ) ある。
【知識】 「ホチキス」「ステープラー」「ステープラ」とも。「ホッチキス」は元登録商標。 【知識】 「カーペット」としては、その形状から「枚」で数えるが、電気製品としては、「台」で数えられることがある。
  1. 【参考】片岡義男 「時差のないふたつの島」: トゥー・エッガーには、ホット・ケーキが二枚、あるいはライス・ボールが、ついてくる。
  1. 【参考】ハンス・クリスティアン・アンデルセン 楠山正雄訳 「人魚のひいさま」: それよりか船の上はとてもあかるくて、甲板の上の 帆綱 ( ほづな ) が、ごくほそいのまで一本一本わかるくらいだ、とみんなはいっていました。
  2. 【参考】吉川英治 「鳴門秘帖 船路の巻」: 片手に、笠のつばをおさえて、 蔀 ( しとみ ) の蔭へ走ろうとすると、その時だ! 一条 ( ひとすじ ) の帆綱が、ピュッと――輪を解いて弦之丞の足もとへ飛んだ。
  1. 【参考】大杉栄 「日本脱出記」: 上海では、前は、三、四軒のホテルに十日ほどずつ泊った。同じホテルに長くいてはあぶないというので、そのたびに新しい変名を造っては、ほかのホテルへ移って行ったのだ。
  2. 【参考】堀辰雄 「端書」: この頃は背水の陣をしくつもりでホテルに一部屋を借りて毎日通いながら、終日閉じこもって何とか手がかりをつけようとしています。
  3. 【参考】吉行エイスケ 「東京ロマンティック恋愛記」: 下町の袋小路にあるホテルの一室ヘ、僕は僕の恋心を監禁してしまった。
【知識】 「穂長」はウラジロ・裏白の別名。シダ植物で、正月のお飾りに使われる。
  1. 【参考】宮沢賢治 「氷河鼠の毛皮」: なかなか寒いからね、おい、君若いお方、失敬だが外套を一枚お貸申すとしようじゃないか。黄いろの帆布一枚じゃどうしてどうして零下の四十度を防ぐもなにもできやしない。
  2. 【参考】小島烏水 「天竜川」: 薄ッぺらの船板は、へなへなしなって、コルクみたいに柔らかく、水をいなすから、板と言っても、 帆布 ( カンヴアス ) 一枚で、漂流するような気もされる、一人の船頭は艫に立って、櫓を操り、一人は舳先に立って、水先案内の役を務める、
  3. 【参考】須川邦彦 「無人島に生きる十六人」: 私は、倉庫の天幕から、一枚の帆布と、一本の細い 索 ( つな ) を持ってきた。そして、運転士と漁業長とをつれて、天幕のまわりと、 伝馬船 ( てんません ) を見まわってから、砂山にのぼった。
  1. 【参考】夢野久作 「難船小僧」: その骨の一片が、波にぶつかって、又、兼の足元へ跳ね返って来た時、
  2. 【参考】柴崎芳太郎 「越中劍岳先登記」: 風雨の変に逢うて死んだものとすれば 遺骸 ( いがい ) 、少くも骨の一片位はなくてはならんはずだが、
  3. 【参考】夏目漱石 「私の個人主義」: 料理人に命じて秋刀魚の細い骨を 毛抜 ( けぬき ) で一本一本 抜 ( ぬ ) かして、
  1. 【参考】芥川龍之介 「十本の針」: 大勢の人々の叫んでいる中に一人の話している声は決して聞こえないと思われるであろう。が、事実上必ず聞こえるのである。わたしたちの心の中に一すじの炎の残っている限りは。
  2. 【参考】太宰治 「HUMAN LOST」: このかた、一筋に高く潔く直く燃えつぎたるこの光栄の 炬火 ( たいまつ ) を手渡す。
  3. 【参考】岡本かの子「窓」: 森はいやが上にも黒かった。翼のように、舌のように、逆に 梳 ( くしけず ) る女頭のように、火は焔になり、焔は幾条の筋をよって 濛々 ( もうもう ) とした黒煙に交り、森から前後左右に吐き出された。
  4. 【参考】吉川英治「私本太平記 帝獄帖」: でん! と公卿の体は内陣の床にたたき捨てられ、同時に彼の手から躍った火の鞠が一条の炎の線を曳いたままはるか 須弥壇 ( しゅみだん ) の 礼座 ( らいざ ) の辺までビユッと 火叫 ( ひたけ ) びしながら飛んで行った。
  5. 【参考】高山樗牛 「瀧口入道」: 都 ( みやこ ) 六波羅わたりと覺しき方に、一道の 火焔 ( かえん ) 天 ( てん ) を 焦 ( こが ) して 立上 ( たちのぼ ) れり。
  6. 【参考】森鷗外 「青年」: 二つの火鉢が中に置いてある。そして目は吸引し、霊は回抱する。一団の 火焔 ( かえん ) が二人を 裹 ( つつ ) んでしまう。
  7. 【参考】海野十三 「空中墳墓」: これ程さがして知れないものなら、松風号は空中爆発でもして一団の 火焔 ( かえん ) となって飛散したのじゃないか、と随分無理なことまで思いめぐらして見たものでした
  8. 【参考】吉川英治 「新書太閤記 第四分冊」: 山科 ( やましな ) から大津へ。 途々 ( みちみち ) 、 乱離 ( らんり ) として、往来に焼け倒れている民家の火の 梁 ( はり ) も、焔のうずも、彼の行くを 妨 ( さまた ) げることはできなかった。 彼の身そのものが、すでに 一炬 ( いっきょ ) の炎であった。 駈けつづく彼の幕下も一団の火となって、 「信治様の 弔 ( とむら ) い合戦」 「森、青池、道家殿などの怨みを 雪 ( そそ ) がずに 措 ( お ) こうか」 と、猛進してきた。
※ 感知器には、ほかに「熱感知器」「煙感知器」などがある。 【知識】 「Hovercraft」は登録商標であるが、一般名称としての使用が認められている。一般呼称はエアクッション艇。

【知識】 「エアカー」「エアクッションカー」「エアクッション船」「エーシーブイ・ACV = air-cushion vehicle 」「ジェム・GEM = ground effect machine」などの呼称もある。

  1. 【参考】須川邦彦 「無人島に生きる十六人」: 甲板から、空高くつき立った、三本の太い帆柱には、五本ずつの長い 帆桁 ( ほげた ) が、とりつけてあった。
  2. 【参考】押川春浪 「南極の怪事」: この船は元来三本の 檣 ( ほばしら ) を備えしものなるが、
※ 文化財では一基という表現が見られる。
  1. 【参考】田村俊子 「木乃伊の口紅」: 眼の前の共同墓地に新らしい墓標が二三本 殖 ( ふ ) えていた。墓地を片側にして角の銀杏の木まで一と筋の銀紙をはりふさげたような白々とした小路には人の影もなかった。
  2. 【参考】夏目漱石 「思い出す事など」: 院長の死が一基の墓標で永く 確 ( たしか ) められたとき、
【知識】 幕末期に、和式の帆船に対して洋式の帆船を帆前船と言った。
  1. 【参考】芥川龍之介 「誘惑 ――或シナリオ――」: この大きい樟の木の 梢 ( こずえ ) 。 尻 ( し ) っ 尾 ( ぽ ) の長い猿が一匹、或枝の上に 坐 ( すわ ) ったまま、じっと遠い海を見守っている。海の上には 帆前船 ( ほまえせん ) が一 艘 ( そう ) 。帆前船はこちらへ進んで来るらしい。
  2. 【参考】若山牧水 「樹木とその葉 島三題」: 伊予の 今治 ( いまはる ) から尾の道がよいの小さな汽船に乗って、一時間ほども来たかとおもう頃、船は 岩城島 ( いわきじま ) という小さな島に寄った。港ともいうべき船着場も島相応の小さなものであったが、それでも帆前船の三艘か五艘、その中に休んでいた。
  3. 【参考】永井荷風 「水 附渡船」: 全く 石川島 ( いしかわじま ) の工場を 後 ( うしろ ) にして幾艘となく帆柱を連ねて碇泊するさま/″\な日本風の荷船や西洋形の 帆前船 ( ほまえせん ) を見ればおのずと特種の詩情が 催 ( もよお ) される。
※ 文化財では一口(く)という表現が見られる。
  1. 【参考】原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」: しかしながらこの外堀のみでは、安心ができぬによって、さらに釘貫をつけそのうえ土塀の内側にいま一条の堀を廻してあった。
【知識】 大腸ポリープなど、隆起性の病変のこと。
  1. 【参考】神西清 「水に沈むロメオとユリヤ」: 東京を流れる六十九筋の 溝渠 ( ほりわり ) や川の底から一年のあひだに 浚渫 ( しゅんせつ ) される泥土の量が二万立方坪にも近いといふ事実は大して人々を驚かすものではない。
【知識】 ほろの形の幼児用の小さな蚊帳。 喜多川歌麿(幌蚊帳の中での授乳) 寛政6–7(1794–95)頃 (シカゴ美術館蔵)
  1. 【参考】吉行エイスケ「バルザックの寝巻姿」: 突然、ユーストンの街路の銀鈴の響が尾をひいて、馬の 踵 ( ひずめ ) の音が静寂な空気の中に運命的な 号 ( さけ ) びをたてた。と、同時に一台の幌馬車が胡月の前でとまると、再びもとの静寂が灰色の部屋に重々しく沈んだ。
  2. 【参考】アントン・チェーホフ 神西清訳「決闘」: 先頭の 四輪馬車 ( シャラバン ) にはサモイレンコとラエーフスキイが乗り込み、次の 半幌馬車 ( コリャースカ ) は三頭立てで、マリヤ・コンスタンチーノヴナとナヂェージダと、それからカーチャとコースチャが乗っている。
【知識】 「巻」は、全集物などで使われ、古代の書物が巻物(巻子本)であったことの名残。
  1. 【参考】下村湖人 「次郎物語 第一部」: 私は、これまでに、何冊かの本を書いたが、もし、一生のうちに一冊だけしか本が書けないものだとしたら、私は恐らくその一冊にこの「次郎物語」を選んだであろう。
  2. 【参考】夏目漱石 「カーライル博物館」: ここにまた大きな本棚があって本が例のごとくいっぱい詰まっている。やはり読めそうもない本、聞いた事のなさそうな本、入りそうもない本が多い。勘定をしたら百三十五部あった。この部屋も一時は客間になっておったそうだ。
  3. 【参考】内藤湖南 「支那目録學」: この時、劉向が書籍の校正係りを命ぜられた。向は經傳・諸子・詩賦に關するものを校正したが、その他の專門學に屬するものは、歩兵校尉任宏が兵書を校正し、太史令尹咸が數術を、侍醫李柱國が方技を校正することになり、さうして一書の校正の終る毎に、劉向がそれに篇目を分ち附け、その本の趣意の大要を撮り、そのことを別に書き、それを天子に上つた。それが劉向の別録である。
  4. 【参考】夏目漱石 「明暗」: 一通の封書と 一帙 ( いっちつ ) の 唐本 ( とうほん ) を持って、彼女は五六町 隔 ( へだた ) った津田の 宅 ( うち ) まで行かなければならなかった。
  5. 【参考】島崎藤村 「夜明け前 第一部上」: 「青山君、 篤胤 ( あつたね ) 先生の古史伝を伊那の有志が 上木 ( じょうぼく ) しているように聞いていますが、君もあれには御関係ですかね。」 「そうですよ。去年の八月に、ようやく第一 帙 ( ちつ ) を出しましたよ。」 「地方の出版としては、あれは大事業ですね。秋田(篤胤の生地)でさえ企てないようなことを伊那の衆が発起してくれたと言って、鉄胤先生なぞもあれには身を入れておいででしたっけ。なにしろ、伊那の方はさかんですね。先生のお話じゃ、毎年門人がふえるというじゃありませんか。」
  6. 【参考】神西清 「雪の宿り」: 光明峰寺へ移されましたお櫃の中には新玉集の御稿本は 終 ( つい ) に一帖も見当らなかったのでございます。
  7. 【参考】太宰治 「正義と微笑」: 本を読もうと思っても一ペエジも一行も、頭にはいらない。
  8. 【参考】国木田独歩 「源おじ」: 戯れに 読本 ( とくほん ) 教うればその一節二節を暗誦し、小供らの歌聞きてまた歌い、笑い語り戯れて、世の常の子と変わらざりき。
  9. 【参考】織田作之助 「勧善懲悪」: 思えば、気の小さい、そんな男のことなどをあばいた本など、たいして売れもしなかっただろうと、おれは思っていたが案に違って、誇張めいた言い方をすると、瞬く間に版を重ねて、十六版も出たという。お前は知るまいが、初版は千五百部で以後五百部ずつ版を重ねたのだ。
  10. 【参考】穂積陳重 「法窓夜話」: 本書の第三版を印行するに当って、我輩は本書第一版以下を閲読して懇切なる批評と指教とを与えられたる友人各位、
※ 文化財では形によって一枚、一面、一基、一合、一具という表現が見られる。
  1. 【参考】国枝史郎 「染吉の朱盆」: で、その結果はどうなったか? 手代風の男が四人殺され、朱塗の盆が四枚がところ、
  2. 【参考】国枝史郎 「染吉の朱盆」: 「おたずねの品物、これでございましょう」 差し出したのは一面の朱盆。
  1. 【参考】夏目漱石 「満韓ところどころ」: 正面に五尺ほどの盆栽を二 鉢 ( はち ) 置いて、
  2. 【参考】正岡子規 「病牀六尺」: 盆栽のことはわれわれ何も存ぜず候えども、定めて日々の 御手入 ( おていれ ) も一方ならざる事と存候。盆栽の並べかたについては必ず三鉢を三段に配置しあり候処、定めて天地人とでも申す位置の取りかたに 可有之 ( これあるべく ) 、作法もむずかしきことと存候。
【知識】 鐘を撞く回数は「一回」のほかに「一杵(しょ)」と数えることがある。「杵(しょ)」は、転じて鐘の音を表す語としても使われる。 [下記作品参照] ※ 文化財では一口(く)という表現が見られる。 『東大寺の梵鐘』国宝(奈良県)
  1. 【参考】南方熊楠「十二支考 田原藤太竜宮入りの話」: 太刀 一振 ( ひとふり ) 、 巻絹 ( まきぎぬ ) 一つ、鎧一領、頸 結 ( ゆ ) うたる俵一つ、 赤銅 ( しやくどう ) の 撞鐘 ( つきがね ) 一口を与へて、御辺の 門葉 ( もんよう ) に、必ず将軍になる人多かるべしとぞ示しける。
  2. 【参考】万里集九「梅花無尽蔵 春鐘」: 淡陰吹レ月欲二華鯨一。 客裡、此間、推レ枕聽。 十杵聲中、添二一杵一。 海棠尚睡、柳先醒。

淡陰 ( たんいん ) 、月を吹き、 華鯨 ( かげい ) ならんと欲す。 客裡 ( かくり ) 、此の 間 ( かん ) 、枕を 推 ( お ) して聴く。 十杵 ( じっしょ ) の声中、 一杵 ( いっしょ ) を添う。 海棠 ( かいどう ) は 尚 ( なお ) 睡 ( ねむ ) り、柳は 先 ( ま ) ず 醒 ( さ ) む。

注:作者の「 万里集九 ( ばんりしゆうく ) 」は室町中期の臨済宗一山派の僧。作品中の「華鯨」は美しい鐘の音。 【参考】 ※ 文化財では一棟という表現が見られる。 ※ 文化財では一棟という表現が見られる。
  1. 【参考】三木清 「親鸞」: 煩悩の具わらざることのない自己がいかにして自己の真実を語り得るのであるか。自己が自己を語ろうとすることそのことがすでに一つの煩悩ではないか。
  2. 【参考】林不忘 「煩悩秘文書」: 出羽守の煩悩に焼き払われた焦土の灰から、ここに、三つの煩悩の 相 ( すがた ) が立ち上ったのだ。
  1. 【参考】小山内薫 「反古」: 私は子供に似合わず、その時分から大の蔵書家でしたから、部屋の中には日本流の本箱が六本も七本も置いてあった計りでなく、雜誌などの本箱に這入り切らないのが、いつもそこらに山のようになっていたのです。
【知識】 一匹のカツオからは、基本的に四本、すなわち四節(よふし)の鰹節が作られる。これが「本節」と呼ばれ、小さいカツオの場合は一匹から二本・二節作られ、その形から「亀節」と呼ばれる。 次の作品は、本節の数え方ではありませんが、本節が登場する参考作品として引用しました。
  1. 【参考】北大路魯山人 「だしの取り方」: かつおぶしはどういうふうに選択し、どういうふうにして削るか。まず、かつおぶしの良否の簡単な選択法をご披露しよう。よいかつおぶしは、かつおぶしとかつおぶしとを 叩 ( たた ) き合わすと、カンカンといってまるで拍子木か、ある種の石を鳴らすみたいな音がするもの。虫の入った木のように、ポトポトと音のする 湿 ( しめ ) っぽい 匂 ( にお ) いのするものは悪いかつおぶし。 本節と亀節ならば、亀節がよい。見た目に小さくとも、刺身にして美味い大きいものがやはりかつおぶしにしても美味だ。見たところ、堂々としていても、本節は大味で、値も亀節の方が安く手に入る。
  1. 【参考】国枝史郎 「八ヶ嶽の魔神」: すぐ眼の前に 亭 ( ちん ) があった。亭の縁先に腰をかけ、葉之助の方へ背中を向け、二人の男女が寄り添っていた。一基の 雪洞 ( ぼんぼり ) が灯されていた。二人の姿はよく見えた。
  2. 【参考】牧野信一 「熱い風」: 雛段の両端には、一段毎に一対の雪洞が花やかに燭されていた。