【大和朝廷とは】古墳時代の政治権力の成立と展開についてわかりやすく解説
大和朝廷とは、古墳時代の畿内地域(現在の奈良県・大阪府・京都府・兵庫県など)に存在した当時の日本=倭国の中心的な政治権力を指します。この記事では大和朝廷の成立した時代から天皇との関係までわかりやすく解説しています。
前方後円墳に代表される古墳の出現は,日本列島における国家形成の過程できわめて重要な位置を占める歴史的出来事と認識され,これまで多方面から追究されてきた。その結果,吉備地方に起源をもつ特殊器台と都月型埴輪の型式変遷,壺形土器の編年,墳丘形態の変遷などから,奈良盆地の東南部に所在する桜井市箸墓古墳が最古最大の古墳として広く認められるに至っている。 3 春成秀爾・小林謙一・坂本 稔・今村峯雄・尾嵜大真・藤尾慎一郎・西本豊弘「古墳出現期の炭素14年代測定」『国立歴史民俗博物館研究報告』第163集(国立歴史民俗博物館)134頁
そして、箸墓古墳以降、定型化された前方後円墳や「三角縁神獣鏡」と呼ばれる特殊な銅鏡が全国に拡散されました。三角縁神獣鏡には、以下のような学術的指摘があります。
これが、ヤマト政権が全国各地の有力者と手を結んだ証拠とされています。 3世紀中ごろから4世紀後半にかけてのヤマト政権は、前方後円墳を軸にさまざまな器物・情報を介して国内外の交流を深め、支配を拡大した のです。
2-2:「大和朝廷」「ヤマト政権」の展開この時期の倭国を語る上で、「倭の五王」の存在は見過ごせません。中国の史書である『宋書倭国伝』に記された 讃・珍・済・興・武の5人の倭王 はヤマト政権の大王であるとされており、それぞれ中国南朝と活発に交流を行っていたことがわかっています。
巨大前方後円墳を中核に,中小前方後円墳・円墳・方墳などで構成された佐紀・馬見・古市・百舌鳥古墳群の 4 大古墳群は,中期大和政権の政治序列を内外の人びとにたいして視覚的に訴える観念装置でもあった。 5 広瀬和雄「古墳時代像再構築のための考察 前方後円墳時代は律令国家の前史か」『国立歴史民俗博物館研究報告』第150集(国立歴史民俗博物館)77頁
一方で、このころには国内の支配体制も強化されました。熊本県の江田船山古墳、埼玉県の稲荷山古墳(ともに5世紀後半)からは、それぞれ「ワカタケル大王」の名が記された刀剣が見つかっています。
このように、 4世紀後半~5世紀にかけて、ヤマト政権は巨大前方後円墳を頂点とする国内統治と対外交渉の活発化を図っていた と言えるのです。
2-3:律令国家へ向けて6世紀に入ると、「ヤマト朝廷」「ヤマト政権」に大きな変化が起こりました。そのきっかけの一つが、 越の国(現在の北陸地方)からやってきた新たな大王である継体天皇の即位 です。
- 「大和朝廷」「ヤマト政権」の歴史については、「①『記紀』神話からの解釈」「②東アジア各国の文献史料」「③考古学的な成果」の3つの側面からの研究がある
- ヤマト政権は、前方後円墳を軸にさまざまな器物・情報を介して国内外の交流を深め、支配を拡大した
3章:大和朝廷について学べるおすすめの本
オススメ度★★★ 白石太一郎『古墳とヤマト政権 古代国家はいかに形成されたか』(文春新書)
created by Rinkerオススメ度★★ 武光誠『古墳解読 古代史の謎に迫る』(河出書房新社)
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まとめ
- 大和朝廷とは、古墳時代の畿内地域(現在の奈良県・大阪府・京都府・兵庫県など)に存在した当時の日本=倭国の中心的な政治権力を指す
- 「大和朝廷」「ヤマト政権」の歴史については、「①『記紀』神話からの解釈」「②東アジア各国の文献史料」「③考古学的な成果」の3つの側面からの研究がある
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