名士列車(17・18列車)−特急より豪華な急行
名士列車(17・18列車)−特急より豪華な急行

名士列車(17・18列車)−特急より豪華な急行

三ノ宮駅を出発する特急「燕」。阪急線のホームより戦前の東京から関西への列車といえば、特急『燕』や『鷗』がすぐに連想できるでしょう。今でこそ特急なんてコンビニ化して掃いて捨てるほど走っていますが、戦前は一生に一度乗れるか乗れないかの、名前の通...

○ で囲んだ記号は、「食堂車」です。神戸行きの4本の急行にはすべて食堂車がついていましたが、「名士列車」だけナイフとフォーク、他は今では見ることがないお椀のマーク。戦前は、食堂車には「和」と「洋」に分かれており、黄色の丸で囲んだお椀のマークは 「和食堂車」 、ナイフとフォークは「洋食堂車」でした。文字通り和食を出すのと洋食を出す違いだけじゃないのと思いますが、ここにも明確な「階級」があったのです。

昼食(ランチ)A定食:1円B定食:1円20銭夕食(ディナー)A定食:1円30銭B定食:1円50銭 (※内容は残っていませんが、運行初日は スープ、伊勢海老のゼリーがけ、牛肉の松茸ソース、七面鳥の蒸し焼き野菜添え、デザート、コーヒー で1円30銭だったそう)

一品メニュービーフステーキ:50銭カレーライス:30銭サラダ:35銭ビール(大):45銭

「名士列車」のその後

後に 『銀河』 という名前がつきました。『銀河』は翌年に神戸まで延長されました。

神戸港を走った「国際列車」ボートトレイン yonezawakoji.com 寂しき幹線の終着駅、神戸駅の歴史 yonezawakoji.com created by Rinker created by Rinker
  1. 『時刻表昭和史』宮脇俊三著 ↩︎
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米澤光司(BEのぶ) ニッチな歴史をついばみ「大人の自由研究」を愉しむ野良歴史家。近代日本史、特に昭和史の探究がメインです。歴史ってこんなに面白くてワクワクするものなんだ!と思って弊ブログをお楽しみください。