【チェンソーマン レぜ編 考察】田舎のネズミと都会のネズミ、どこにも行けないモルモット
Ⅰ. どこにも行けないモルモット 田舎のネズミと都会のネズミ どっちがいい?(『チェンソーマン5』より Ⓒ藤本タツキ,集英社) 「デンジ君はさ 田舎のネズミと都会のネズミ どっちがいい?」 夜の学校でそう尋ねる彼女は、どこか遠くを見つめていた。 数日後、デンジからの逃亡の誘いもむなしく、彼女は路地裏ではかなく散る。結局、レゼは「田舎のネズミ」にも「都会のネズミ」にもなりきれない。 なぜなら彼女は「田舎のネズミ」でも「都会のネズミ」でもない、実験用の「モルモット」だったからだ――。 本稿では、『チェンソーマン』における「田舎のネズミと都会のネズミ」について考察する。 『チェンソーマン』5巻および…
「小鳩くん。そういうことじゃないの。素敵なパティスリーとお菓子作り同好会を同列に並べて比較するなんて、つまらないことよ。百円の板チョコを食べてゴディバの方がおいしいだなんて考えるのは滑稽だわ」
[……]
「パティスリーにはパティスリーにふさわしく、ホームメイドはホームメイドなりに、駄菓子は駄菓子として素敵ならそれでいいのよ。いつだって最高のものを求めるのは求道者っぽくて恰好よく見えるかもしれないけど、実際は何を食べても『あれに比べればね』なんて言っちゃうスノッブに過ぎない」
(米澤穂信『巴里マカロンの謎』創元推理文庫、2020年、89頁。)
文脈は異なるが、「幸せ」というのもこれと同じような話ではないだろうか。
すなわち、パティスリーとお菓子作り同好会を単純に比較することができないように、自分の幸せと他人の幸せは同列に比較することはできない。
ⅱ. 「幸福は小鳥のようにつかまえておくがいい」次の「ゴール」を探すデンジ (『チェンソーマン1』より Ⓒ藤本タツキ,集英社)
それに「幸せ」の形なんて時と共に変わってしまう。デンジも最初は最低限の衣食住が確保できればよいと思っていたが、それが叶うと、今度は違う目標を探し始める。
デンジは今、「都会のネズミ」として幸せかもしれないが、それもいつまで続くかわからない。
こんな言葉がある。「幸福は小鳥のようにつかまえておくがいい。できるだけそっと、ゆるやかに。小鳥は自分が自由だと思い込んでさえいれば、喜んでお前の手の中にとどまっているだろう」。
【参考文献】
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