神皇 ( じんのう ) 正 ( しょう ) 統 ( とう ) 記 ( き ) ―南朝の正統性を主張した北畠親房の歴史書―
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神代 ( かみよ ) ニハ 豐葦原千五百秋瑞穗 ( トヨアシハラノチイホノあきノミヅホノ ) 國ト云。 天地開闢 ( てんちかいびやく ) ノ 初 ( はじめ ) ヨリ此 名 ( な ) アリ。 天祖 ( あまつみおや ) 國常 ( くにのとこ ) 立尊 ( たちのみとこ ) 、 陽神陰神 ( をがみめがみ ) ニサヅケ給シ 勑 ( みことのり ) ニキコエタリ。 天照太神 ( あまてらすおほみかみ ) 、 天孫 ( あめみま ) ノ尊ニ 讓 ( ゆづり ) マシマシシニモ、此名アレバ 根本 ( こんぼん ) ノ 號 ( な ) ナリトハシリヌベシ。(序論)
人皇 ( にんわう ) 第一代、神日本磐余彦 天皇 ( すめらみこと ) ト 申 ( まをす ) 。後ニ 神武 ( じんむ ) トナヅケタテマツル。 地神 ( ちじん ) 鸕鷀草葺不合ノ尊ノ第四ノ子。御母玉依姫、 海神 ( うみのかみ ) 小童 ( わたつみの ) 第二の 女 ( むすめ ) 也。伊弉諾尊ニハ六世、 大日孁 ( おほひるめ ) ノ尊ニハ五世ノ天孫ニマシマス。神日本磐余彦ト申ハ神代ヨリノヤマトコトバナリ。神武ハ中古トナリテ、モロコシノ 詞 ( ことば ) ニヨリテサダメタテマツル御名也。又此御代ヨリ代ゴトニ 宮所 ( みやどころ ) ヲウツサレシカバ、其 所 ( ところ ) ヲ名ヅケテ御名トス。此天皇ヲバ 橿原 ( かしはら ) ノ宮ト申、是也。(神武天皇)
第二代、 綏靖 ( すゐぜい ) 天皇は〈コレヨリ 和語 ( わご ) ノ尊號ヲバノセズ〉 神武 ( じんむ ) 第二の御子。御母 鞴五十鈴姫 ( タタライスズヒメ ) 、 事代主 ( コトシロヌシ ) ノ神ノ女也。父ノ天皇カクレマシテ、ミトセアリテ即位シ給。 庚辰 ( かのえたつの ) 年也。 大和葛城高岡 ( やまとのかづらきのたかをか ) ノ宮ニマシマス。(綏靖天皇)
第三代、 安寧 ( あんねい ) 天皇ハ 綏靖 ( すゐぜい ) 第二ノ子。御母 五十鈴依姫 ( いすずよりひめ ) 、 事代主 ( ことしろぬし ) ノ神ノヲト 女 ( むすめ ) 也。 癸丑 ( みづのとうし ) ノ年即位。 大和 ( やまと ) ノ 片鹽 ( カタシホ ) ノ 浮穴 ( うきアナ ) ノ宮ニマシマス。 天下ヲ治給コト三十八年。五十七歳ヲマシマシキ。(安寧天皇)
第四十五代、 聖武 ( しやうむ ) 天皇ハ文武ノ太子。御母 皇太夫人 ( くわうたいぶにん ) 藤原ノ 宮子 ( みやこ ) 、 淡海公不比等 ( たんかいこうふひと ) ノ大臣ノ女也。 豐櫻彦 ( とよさくらひこ ) ノ尊ト 申 ( まをす ) 。ヲサナクマシシニヨリテ、元明・元正マヅ位ニヰ給キ。
甲子 ( きのえねの ) 年即位、改元。平城宮ニマシマス。此御代 大 ( おほき ) ニ佛法ヲアガメ給コト 先代 ( せんだい ) ニコエタリ。東大寺ヲ建立シ、 金銅 ( こんどう ) 十六 丈 ( ぢやう ) ノ 佛 ( ほとけ ) ヲツクラル。
又諸國ニ 國分寺 ( こくぶんじ ) 及 ( および ) 國分尼寺 ( こくぶんにじ ) ヲ 立 ( た ) テ、 國土安穩 ( こくどあんをん ) ノタメニ 法華 ( ほつけ ) ・ 最勝 ( さいしよう ) 兩部 ( りやうぶ ) ノ 經 ( きやう ) ヲ講ゼラル。
又オホクノ高僧他國ヨリ 來朝 ( らいてう ) ス。 南天竺 ( なんてんぢく ) ノ 波羅門僧正 ( ばらもんそうじやう ) 〈 菩提 ( ぼだい ) ト 云 ( いふ ) 〉、 林邑 ( りんヲウ ) ノ 佛哲 ( ぶつテチ ) 、唐ノ 鑒眞和尚 ( がんジンわじやう ) 等 是 ( これ ) 也。
眞言 ( しんごん ) ノ 祖師 ( そし ) 、 中 ( ちゆう ) 天竺ノ 善無畏 ( ゼンムイ ) 三藏 ( さんざう ) モ 來給 ( きたりたま ) ヘリシガ、 密機 ( みつき ) イマダ熟セズトテカヘリ 給 ( たまひ ) ニケリトモイヘリ。此國ニモ 行基 ( ぎやうぎ ) 菩薩・ 朗辨僧正 ( らうべんそうじやう ) ナド 權化 ( ごんげの ) 人也。天皇・波羅門僧正・行基・朗辨ヲバ 四聖 ( ししやう ) トゾ申 傳 ( つたへ ) タル。
此御時 太宰少貳 ( だざいのせうに ) 藤原 廣繼 ( ひろつぐ ) ト云人〈 式部卿 ( しきぶきやう ) 宇合 ( うまかひ ) ノ子ナリ〉 謀叛 ( むほん ) ノキコエアリ、追討セラル〈 玄昉 ( げんばう ) 僧正ノ 讒 ( ざん ) ニヨレリトモイヘリ。 仍 ( よりて ) 靈 ( りやう ) トナル。今ノ 松浦 ( まつら ) ノ明神也云々〉。 祈祷 ( きたう ) ノタメニ天平十二年 十月 ( かんなづき ) 伊勢ノ神宮ニ行幸アリキ。
又 左大臣 ( さだいじん ) 長屋王 ( ながやのわう ) 〈太政大臣 高市王 ( たけちのわう ) ノ子、天武ノ御孫ナリ〉ツミアリテ 誅 ( ちゆう ) セラル。又 陸奧 ( みちのおくの ) 國ヨリ始テ 黄金 ( わうごん ) ヲタテマツル。此朝ニ 金 ( こがね ) アル始ナリ。國ノ 司 ( つかさ ) ノ 王 ( わう ) 、賞アリテ三位ニ 敍 ( じよ ) ス。佛法 繁昌 ( はんじやう ) ノ 感應 ( かんおう ) ナリトゾ。
天下ヲ治給コト二十五年。天位ヲ御女 高野 ( タカノ ) 姫ノ皇女ニユヅリテ太上天皇ト申ス。後ニ出家セサセ給。天皇出家ノ 始 ( はじめ ) 也。昔天武、東宮ノ位ヲノガレテ御グシオロシ給ヘリシカド、ソレハシバラクノ事ナリキ。皇后 光明子 ( くわうみやうし ) モオナジク出家セサセ給。此天皇五十六歳オマシマシキ。(聖武天皇)
第九十五代、第四十九世、 後醍醐 ( ごだいご ) 天皇。諱ハ 尊治 ( たかはる ) 、後宇多第二ノ御子。御母 談天門院 ( だんてんもんゐん ) 、藤原 忠子 ( ただこ ) 、内大臣 師繼 ( もろつぐ ) ノ女、 實 ( まこと ) ハ 入道 ( にふだう ) 參議 忠継女 ( ただつぐのむすめ ) ナリ。御祖父龜山ノ上皇ヤシナヒ申給キ。
弘安 ( こうあん ) ニ、時ウツリテ龜山・後宇多世ヲシロシメサズナリニシヲ、タビタビ關東ニ 仰 ( おほせ ) 給シカバ、天命ノ 理 ( ことわり ) カタジケナクオソレ思ケレバニヤ、 俄 ( にはか ) ニ立太子ノ沙汰アリシニ、龜山ハコノ君ヲスヘ奉ラントオボシメシテ、八幡宮ニ 告文 ( かうもん ) ヲオサメ給シカド、 一 ( いち ) ノ 御子 ( みこ ) サシタルユヘナクテステラレガタキ御コトナリケレバ、後二條ゾヰ給ヘリシ。サレド後宇多ノ御心ザシモアサカラズ。
御元服アリテ村上ノ 例 ( ためし ) ニヨリ、 太宰帥 ( だざいのそつ ) ニテ 節會 ( せちゑ ) ナドニ 出 ( いで ) サセ給キ。後ニ 中務 ( なかつかさの ) 卿ヲ 兼 ( けん ) セサセ給。後二條世ヲハヤクシマシマシテ、父ノ上皇ナゲカセ給シ中ニモ、ヨロヅコノ君ニゾ 委附 ( ゐふ ) シ申サセ給ケル。
ヤガテ 儲君 ( ちよくん ) ノサダメアリシニ、後二條ノ 一 ( いち ) ノミコ 邦良 ( くによしの ) 親王ヰ給ベキカトキコエシニ、オボシメスユヘアリトテ、此親王ヲ太子ニタテ給。
「カノ 一 ( いち ) ノミコオサナクマシマセバ、 御子 ( みこ ) ノ儀ニテ 傳 ( つたへ ) サセ給ベシ。モシ邦良親王早世ノ御コトアラバ、コノ御スエ繼體タルベシ。」トゾシルシヲカセマシマシケル。彼親王 鶴膝 ( カクシツ ) ノ御病アリテ、アヤウクオボシメシケルユヘナルベシ。(後醍醐天皇)
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