大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件|死ぬまで誰も止めなかった…!
大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件|死ぬまで誰も止めなかった…!

大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件|死ぬまで誰も止めなかった…!

凄絶な集団リンチの果てに、何の落ち度もない4人を惨殺した小林正人、小森淳、芳我匡由の3人。裁判当初、傍聴席の遺族を睨み、友人に笑みを見せた彼らも、キリスト教の教誨を受けるようになると次第に反省の色を見せるようになった。しかし裁判では3人ともに死刑が確定した。

Amazonで樋田 毅の彼は早稲田で死んだ 大学構内リンチ殺人事件の永遠。アマゾンならポイント還元本が多数。樋田 毅作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。また彼は早稲田で死んだ 大学構内リンチ殺人事件の永遠もアマゾン配送商品なら通常.

中学卒業後、就職した稲沢市内の会社をわずか1か月で退職。その後は定職に就かずシンナー遊びにふけり、1991年8月には窃盗・道路交通法違反容疑で 補導 。中等少年院送致の決定を受け瀬戸少年院に1年4ヶ月入所した。

1991年12月に少年院を仮退院。塗装店・ガソリンスタンドで短期間働いた。1992年9月には窃盗・毒物及び劇物取締法違反・住居侵入・銃刀法違反の非行により 特別少年院送致 となり、愛知少年院で1994年2月までの1年5ヶ月間を過ごした。

その後は型枠大工として働いたが長続きしなかった。そのため、少年院時代のツテで暴力団事務所に出入りするようになり、1994年7月以降は家出中の中学生を連れ歩き、通行人から恐喝して金を手に入れていた。

小林は実質的なリーダー

1994年8月10日、愛知県津島市のパチンコ店で知り合った会社員(22歳)に対する強盗致傷罪で 指名手配 された。この時、逃亡先の大阪市内のパチンコ店で共犯者・小森淳と知り合い、暴力団組員・Bに紹介してもらう。こうして小林は、暴力団の構成員となった。

小林は、(犯行グループを含めた)十数人の遊び仲間の リーダー的存在 だった。素行の悪さが目立ち、愛知県警の尾張にある各警察署が動きをマークしていた。

本事件の裁判で、第一審から死刑判決を受けたのは小林だけだったが、結局、3人とも2011年3月10日に最高裁で 死刑が確定 した。現在は東京拘置所に収監されている。

名古屋拘置所の関係者は小林について「事件直後は社会への敵意を剥き出しにし、面会に来る弁護士にまで警戒感を露わにしていたが、拘置所内で宗教教誨を受け、弁護士・篤志家・教誨師らとの交流を続けるうちに徐々に成長し、内省を深めてきている」と証言した。

また小林は、拘置所内で読書を始めたことで「”家族の愛・友情・夢が核にある人は強い” と知ったが、そういうものは自分にはなかった」と述べている。

小森淳の生い立ち

小森淳は1975年7月21日、大阪府松原市生まれで姉が2人いる。

小林・芳我と比べれば、恵まれた家庭環境で育った。両親は上2人が女の子だったことから ”待望の男の子” である小森に過度な愛情を注いだ。松原市立松原第六中学校へ入学してからは、反抗的な態度が目立つようになり、2年の時に野球部を退部してからはシンナー吸引・原付の窃盗など、非行をくり返すようになった。

1991年4月、府立の定時制工業高校に進学したが、夏頃に高校を中退。その後は料理店・自転車店・自動車整備工場・瓦店・引越センターなどを転々とするも、いずれも長続きせず、1992年春頃に交際していた女性を通じて暴力団組員・Bと知り合った。

暴力団に入ってからは恐喝・強盗などを働くようになり、1993年11月には暴力行為等処罰に関する法律違反の非行で 保護観察処分 を受け、この時に加勢したBも、懲役1年の判決を受けて刑務所に服役した。

1994年4月頃にBが刑務所を出所し、山口組系暴力団山健組内にある山本組の舎弟となったため、小森もその配下として活動するようになった。1994年6月頃には、大阪市内のレディースクラブでホストとして働いていたが、この時にクラブの同僚だった少年Aと知り合い、Bが借りた千日前のビルの一室で、ともに寝泊まりするようになった。

根は気が弱かった小森 栃木リンチ殺人事件: 殺害を決意させた警察の怠慢と企業の保身 (新風舎文庫 く 112) 栃木リンチ殺人事件: 殺害を決意させた警察の怠慢と企業の保身 (新風舎文庫 く 112) www.amazon.co.jp

裁判では第一審で無期懲役となったが、控訴審では共犯2人とともに死刑を言い渡された。最高裁で 死刑が確定 し、現在は名古屋拘置所に収監されている。

暴力団時代の4人グループでは、最上位の兄貴分だった。少年Aによると「突っ張っていたが、根は気が弱くて喧嘩もできないようなヤツ」とのこと。

青木理宛の手紙で、事件について「悔やんでも悔やみきれない。自分自身でもこのような大きな事件を起こしたことが信じられず、『人との出会いが人生を左右する』と思えてならない」と述べている。

大倉小森黒澤 と2度にわたって苗字が変わっている。(時期は不明、本記事では小森姓で統一)

芳我匡由の生い立ち

芳我匡由は1975年10月23日、大阪市西成区生まれ。6人兄弟の第4子である。

父親は元暴力団員で、背中には入れ墨、指も欠損していた。母親も咥えタバコでゲームセンターに入り浸るようなタイプ。サラ金に追われて両親は別居し、生活はかなり貧しかった。小学校時代は汚らわしい服装が原因で激しいいじめを受け、母親も次第に家事をしなくなった。

中学2年の時、母親が失踪。その年の8月には窃盗で 補導 され、9月以降は教護院に入院した。さらに1990年8月には窃盗の非行で初等少年院に送致された。少年院では何度かてんかん発作で意識を失い、医療少年院に移送されている。

Amazon.co.jp: 少年犯罪はどのように裁かれるのか: 成人犯罪への道をたどらせないために : 須藤 明: 本 Amazon.co.jp: 少年犯罪はどのように裁かれるのか: 成人犯罪への道をたどらせないために : 須藤 明: 本

1992年10月には窃盗・恐喝・傷害などの非行により中等少年院へ送致。入院中に長男が誕生した。1993年9月に少年院を仮退院してからは、兵庫県神戸市内でパチンコ店員や鉄筋工として働いた。その後、ホストクラブに勤めて多数の女性と交際するようになり、妻とは離婚している。

改心するも死刑確定

裁判では、第一審で無期懲役の判決だった。木曽川事件においては傷害致死罪、小林に従属的な立場だったと認められたのだ。しかし控訴審では殺人罪とされ、「小林と罪責に差はない」として死刑判決となった。

2011年3月10日、最高裁で 死刑が確定 し、2016年12月には「事実認定に誤りがある」として再審請求している。現在は名古屋拘置所に収監中である。

第一審公判中、名古屋拘置所内で自殺未遂器物損壊行為を起こしている。しかしキリスト教に帰依して洗礼も受けるようになり、「もし許されるなら伝道師になりたい」と話すようになった。死刑確定前の2008年、名古屋拘置所の関係者は「芳我は独房で懸命に聖書を読み、教誨にも3人の中で最も熱心に取り組んでいる」と証言している。

河渕芳我 となっている。(時期は不明。本記事では芳我姓で統一)

7人の共犯者について 少年A:大阪事件

【当時】 18歳 、暴力団組員(小林ら3人と同じ) 【出身】大阪市

暴力団員・B:大阪事件

【当時】45歳大阪市生野区在住、山口組系暴力団・山健組の傘下「山本組」構成員、政治結社の幹部 【出身】徳島県

男C:木曽川・長良川事件

【当時】20歳、無職 【出身】福岡県

少女D子:木曽川事件

【当時】 18歳 、家事手伝い、愛知県一宮市在住

少年E:木曽川事件 少女F子:木曽川・長良川事件 男G:木曽川・長良川事件

【当時】21歳、無職、愛知県稲沢市稲沢町北山在住

裁判

この事件は2022年4月1日の少年法改正前の事件で、被告の3人は「少年」として扱われる年齢であった。しかし、あまりの凶悪さに、この原則が通用しない結果となった。

当初、大阪事件は大阪地裁で、木曽川事件・長良川事件については名古屋地裁での審理が予定されていたが、1998年までに3件の審理は併合されて名古屋地裁で行われることになった。

第一審:小林に死刑、他2人は無期懲役

3被告は、事件の事実関係については認めたが、小林正人被告は殺意を否認したほか、芳我匡由被告は大阪事件について殺人罪成立を否認した。

また、小林被告は「木曽川・長良川事件は芳我が主犯」と主張した一方、芳我被告は「小林が最初に殴った」などと述べ、それぞれが「 首謀者は自分ではない 」と主張した。

1995年8月21日の第2回公判で3人は、木曽川・長良川事件について、被害者3人への暴行など事実関係を大筋で認めた。しかし殺意についてはすべて否認し、強盗についてもそれぞれ犯行・犯意を否定した。

木曽川事件

1995年9月6日の第3回公判では、木曽川事件の審理が行われた。この日は長良川事件の被害者・江崎正史さんの遺族(両親と姉)が初めて傍聴した。

3被告は傍聴席の遺族を睨みつけたり、彼らの知人の若者らに笑いかけるなど、反省を微塵も感じないような態度をとった。江崎さんの父親は、3人の態度を「まるで主役気取りだ」と非難した。

また3被告の供述は、当初こそ一致していたが、途中から対立し、誰が主導的だったかについて主張が食い違ってきた。そのためか、1997年8月25日の公判で、小森淳被告は単独での審理を希望し、それが認められたため、しばらくは小森被告の単独審理となった。

一転して殺意を認める

それまで木曽川事件・長良川事件について共謀・殺意を否定していた3被告だが、第54回公判(5月13日)で芳我被告が、第55回公判(5月27日)では小森被告がこれらを認める供述をした。残る小林被告は、それまで通り否認を続けた。

当初は強気の態度で公判に臨んでいた3被告だが、判決直前には態度が変化し、全員がキリスト教徒の説話を受けたほか、最終弁論の際には「生きて償いたい」「キリスト教の洗礼を受ける」などと発言。これに対し、被害者遺族は「反省・謝罪の態度は、刑の減軽を勝ち取るためだ」と受け取り、さらに嫌悪感を強めた。

求刑は3被告に死刑

2000年12年27日、求刑公判が開かれ、検察側は3被告に死刑を求刑した。検察側は3被告の役割について「事件で果たした役割に軽重はなく、刑事責任は同等」と述べた。木曽川事件については、岡田さんへの殺人罪が成立すると主張した。

翌2001年2月28日、3被告の弁護人が最終弁論を行い、死刑回避を求めた。3被告も以下のように最終意見陳述をしている。

3被告の最終意見陳述
  • 小林被告:「大切な命を奪いながら『生かしてほしい』というのは虫がよすぎるが、それでも生きたい気持ちを隠せない。刑務所で働き、慰謝料を被害者遺族に送りたい」
  • 小森被告:「重大事件を起こして本当に申し訳ない。2度と事件を起こさないよう精一杯努力する」
  • 芳我被告:「拘置所でキリスト教を信仰するようになり、被害者の冥福を祈ってきた。(キリスト教の)教えに従いやり直せると思う。許されるなら生きて罪を償いたい」
第一審判決

2001年7月9日に判決公判が開かれ、名古屋地裁は小林被告に求刑通り 死刑 、小森・芳我両被告に 無期懲役 を言い渡した。

1983年の永山則夫連続射殺事件の上告審判決以降、少年事件における第一審の死刑判決は、名古屋アベック殺人事件判決(1989年)、市川一家4人殺害事件判決(1994年)に続き3件目

判決理由で「3被告は、3つの事件で被害者への殺意を持っていたことが認められる。特に長良川事件では小林被告に 強固な殺意 があった」と認定。しかし、木曽川事件については「岡田さんを暴行後に放置したが、そのことと死亡したことの ”因果関係” が立証されていない」として傷害致死罪を適用した。

裁判長は「わずか11日間に4人を殺害した、 例を見ない凶悪事件 」と指摘した一方、「小林被告が中心的な立場で集団の推進力になり、犯行を主導した」と認定。「3被告の役割に軽重はない」とする検察側の主張を退けたかたちとなった。

量刑理由において、小林被告を「全ての実行行為者で、反社会性は顕著。小林被告がいなければ、事件は起きなかった。事件当時は ”少年” だったことや、現在は反省の兆しが表れるようになったことなど情状を最大限に考慮しても、極刑はやむを得ない」と断罪した。

3被告の弁護側検察側はいずれも名古屋高等裁判所に控訴した。

中日新聞「少年法の理念を尊重しながらも罪の重大性に対し、毅然とした態度を示した判決」

板倉宏・日本大学教授(刑法)「犯行時の役割、矯正可能性など様々な事情について厳密に判断した妥当な結論。特に実質的な主犯格の小林正人は死刑もやむを得ない。少年の凶悪事件には厳しい目が向けられており、今後同様の少年犯罪における量刑を考慮する上で重要な先例になるだろう」

沢登俊雄・國學院大學名誉教授(刑事法学)「本事件のような集団心理下における犯行は共謀・殺意の有無など認定が難しい面がある。主犯格とされた小林正人も『永山基準』に照らして死刑が妥当か否か、法理論的に若干疑問がある」

加藤幸雄・日本福祉大学副学長(非行臨床心理学)*3人の犯罪心理鑑定を実施「矯正可能性を小林には認めなかった一方、小森・芳我には認めた点などで論拠が弱い。なぜ『殺人の必然性がない事件でここまで至ったか』を、少年の発達・集団性の問題・動機面などについてより丁寧に真相解明する必要があった」

土本武司・帝京大学教授 *元最高検察庁検事「裁判官は『被告人3人は少年』という点に引きずられ、全員を死刑にすることを躊躇した。最年長だった小林正人だけが死刑に処されたのはそのためだろう」

キリスト教信者 *小林被告の支援者「死刑ではなく、生きて悔い改め続けることが本当の償いだ」

控訴審(名古屋高裁):3被告に死刑

控訴審で検察側は、(仲間を殺害した)木曽川事件は、殺人罪が成立すると主張。また、「3被告の果たした役割に差はない」として、改めて3被告に死刑判決を求めた。

小林被告の弁護人は、「首謀者との評価は誤り。重要な場面では小森被告の役割が大きかった。未成年者が虚勢を張り合う中で起きた犯行で、中心的役割とした一審判決は誤り。死刑は重すぎて不当」と述べた。

小森被告の弁護人は、「形式上は兄貴分だったが、小林被告に追従する立場だった。場当たり的な犯行で、殺意はなかった」と主張し、有期懲役刑を求めた。

芳我被告の弁護人は、「集団の中で末端の従属者に過ぎない」と述べ、有期懲役刑を求めた。

判決で裁判長は、3被告 全員に死刑 を言い渡した。(一審では小林に死刑、小森と芳我は無期懲役)

判決理由:各事件について
  • 大阪事件:3被告の共謀が認められる
  • 木曽川事件:3被告の暴力行為と死亡の因果関係は認められる
  • 長良川事件:強盗殺人罪が成立する(一審では傷害致死罪を適用)
判決理由:各被告について
  • 小林被告:終始、主導的に犯行に及び、グループの推進力として際立って重要な役割を果たした
  • 小森被告:小林被告が前面に出る場面もあったが、総合的にみて、小林被告とともに主導的に犯行にかかわった
  • 芳我被告:グループの序列は一番下だったが、強制された訳でもなく、かえって積極的に犯行に及んだ

争点となった ”殺意” や ”共謀” についても、3被告の言動や遺体の損傷状況などから「優に認められる」と述べた。

上告審:3人全員に死刑確定

弁護側は「控訴審判決は少年の精神的未熟さを考慮していない」と主張して死刑回避を求めた。検察側は上告棄却を求めた。

2011年3月10日、上告審判決公判が開かれ、最高裁は控訴審判決を支持し上告を棄却。これにより初公判から16年にわたった刑事裁判は終結した。そして、犯行当時は少年だった3被告の 死刑が確定 した。(この時、3被告全員が36歳になっていた)

少年事件で死刑が確定したのは、「市川一家4人殺害事件」以来約10年ぶり、最高裁が把握している1966年以降では10件目だった。また戦後の少年事件で、複数の被告人に対し死刑が同時に確定した事例は史上初だった。

死刑が確定したことについて、小林被告は弁護人に「少年事件への厳罰化と受け止めた。判決は政治的な判断」という趣旨の感想を伝えた。

また、小森被告は「重く受け止めている」と話したほか、青木理との面会で「被害者遺族の心情を考えれば仕方がないとは思うが、やはり『生きたい』という思いもある。事件当時、少しでも 勇気を出して『やめよう』といえなかったことなどへの後悔 もある。」と述べた。

さらに「判決は結果だけで事件の内容を見ておらず、(自身が ”兄貴分” と認定されたことなど)納得がいかない点がある。事実に基づいて裁きを受けたかった」とコメントした。

関連記事

宮崎2女性殺人事件|最初の殺しで得た金は、わずか9500円 名古屋老夫婦強盗殺人事件|死刑宣告の犯人は、臓膵がんで死亡 富士銀行行員顧客殺人事件|エリート銀行員が顧客を殺害 大口病院連続点滴中毒死事件|責任能力認めつつも死刑回避 【昭和の拷問王】紅林麻雄|無実の人を死刑に…警察最大の汚点 拷問により数々の冤罪事件を生み出した紅林麻雄。彼の手がけた4つの凶悪殺人事件(幸浦事件、二俣事件、小島事件、島田事件)は、そのすべてが死刑から無罪になるという”冤罪”だった。 浜名湖連続殺人事件|裁判で100回「黙秘」した男 前橋スナック乱射事件|組長射殺は失敗、一般客3人が犠牲に 日立妻子6人殺害事件|犯行の記憶を失くした死刑囚 長崎ストーカー殺人事件|警察の失態が招いた殺人事件 春日部中国人夫婦殺害事件|結ばれないなら殺すまで… 新橋ストーカー殺人事件|耳かき嬢にマジ惚れした中年男の狂気 山梨・新潟連続殺人事件|6度目の再審請求準備中に死刑執行 長野市一家3人殺害事件|日本一同情される死刑囚 元厚生事務次官宅連続襲撃事件|愛犬チロの仇討ちで連続殺人!? 宮崎2女性殺人事件|最初の殺しで得た金は、わずか9500円 2021.12.03 2022.08.28 名古屋老夫婦強盗殺人事件|死刑宣告の犯人は、臓膵がんで死亡 2023.03.04 2023.12.14 富士銀行行員顧客殺人事件|エリート銀行員が顧客を殺害 2022.02.02 2024.01.18 大口病院連続点滴中毒死事件|責任能力認めつつも死刑回避 2023.05.22 2023.12.10 【昭和の拷問王】紅林麻雄|無実の人を死刑に…警察最大の汚点 2023.04.13 2024.01.19 浜名湖連続殺人事件|裁判で100回「黙秘」した男 2022.02.21 2024.01.19 前橋スナック乱射事件|組長射殺は失敗、一般客3人が犠牲に 2022.09.15 2023.07.17 日立妻子6人殺害事件|犯行の記憶を失くした死刑囚 2021.07.13 2023.05.15 長崎ストーカー殺人事件|警察の失態が招いた殺人事件 2021.06.30 2022.09.19 春日部中国人夫婦殺害事件|結ばれないなら殺すまで… 2023.06.07 2024.01.18 宮崎家族3人殺害事件|「遺族にも愛される死刑囚」はウソ? 2022.01.26 2024.01.19 山形・東京連続放火殺人事件|凶悪カマヤクザのストーカー 2021.07.15 2024.01.19 三島女子短大生焼殺事件|生きたまま火だるまにした残虐事件 2023.12.10 2024.01.19 岩手17歳女性殺害事件|真相を追うと恐ろしい結末が…! 2021.06.20 2022.08.07 【怖い話】未解決事件|実話が一番恐ろしい【11選】 2021.07.23 2024.01.19 【98人】執行済み死刑囚 一覧【2000年以降】 2022.11.21 2024.01.20 山中湖連続殺人事件|「理想の警察官」が陥った転落人生 2021.09.08 2024.01.19 【108人】未執行の死刑囚一覧【収監中】 2022.10.16 2024.09.09 三重小2女児失踪事件|親に届いた「怪文書」が怖い未解決事件 2021.08.29 2024.01.19 同僚・妻連続殺人事件|独占欲が強過ぎて、全部失った男 2022.03.24 2024.01.18

神戸の山奥に住んでます 凶悪事件を調べています 事件を深く知ることがみんなの防犯に役立つと信じてます よろしくお願いします