藤井風の『ガーデン』が好きすぎてもはや庭師になりたい
きたぜ ぬるりと。 そうです、発売から1年以上が経過し、MVが公開されたわけでもない藤井風の『ガーデン』のチャートに動きがあったのですよ。 後述するが、今まさに動いている最中と言っても過言じゃない急上昇っぷり。 この曲、僕にとって非常に思い入れがありまして2ndアルバム『LOVE ALL SERVE ALL』、通称LASAの発売当初から、ずーーーーっと好き。 初速で脳天ブチ抜かれた1stアルバムHEHNと異なり、LASAの曲はじんわり時間をかけて好きになる傾向にあるんだが、この曲は初めてイントロのハミングを聴いた瞬間から「私は恋をして」状態。 以来、あまりに『ガーデン』が好きすぎて「庭師 なり…
ファーストアルバムを出した直後、燃え尽きたようになっていた時に仕上げていったこの曲は、マイペースに、でも着実に立ち上がって進む力をくれた。
よく晴れた日の庭で、鮮やかな花や植物に水をあげるような風景が浮かんできて、それがすごくこのアルバムのイメージカラーに合っている気がする。
Yaffleさんが、徐々にゴスペルのように盛り上がるアレンジを仕上げてくれた。
チルいのに崇高な、アルバムの折り返し地点となる一曲。
季節を問わず、四季折々の美しい情景描写がこの楽曲の魅力でもある。『まつり』なんかでもそうだが、風楽曲は季節を限定しない特徴がある。
春夏秋冬いつでもグッときてしまうのが風歌詞の魅力。Always 風。
普段あえて使わないだろう「恋」という単語が最初のパラグラフから登場。これは結構な事件ですよ、マジで。
「恋」や「あなたに心奪われ」という言葉遣いが分かりやすく恋愛フレーバーを醸し出しているので、広く受け入れやすい。
この広く受け入れやすいってのがある意味重要で、なんだかんだでキャッチーなメロディや言葉選びじゃないと伝わらないことってある。『死ぬのがいいわ』がそのタイトルの強さと、あんたとオサラバするなら死んだるというくらいの恋愛インパクトが大勢の心にフックしたってのは見逃せない事実だと思う。死ぬのが程のパンチ力ではないにしてもこのじわっとあったかくてなんかときめきたい時、色めきたい時=ガーデンっしょ!ってあるもんね、やっぱ。
恋愛要素の毛布を被りつつ、真理はやはり「理想の自分への憧れ」や「あるがままに身を任せる」ことを歌う二重構造にもなっている。
季節に身を置いて
流れに身を任せ
なるようになるだけ
受け入れて そのままで
流した涙だけ
ふりまいた愛だけ
豊かになる庭で
掴んだ手 解き放て 空の果て
各所で言われていることだが、上の引用を見てもわかるように曲通して全て母音”e”で小節を〆ている*2。
質問をいただいたので「掴んだ手 解き放て 空の果て」の自分の解釈を追記。
この曲に関しても執着からの解放を歌った『もうええわ』に類するメッセージかと思っていて、基本的には何かを手放すことについて歌っていると解釈できる。
なので、掴んだ手というのは「執着している自分の手」を表していて、空の果て=遠くへと解き放つ、くらいの意味合いかな?
または、誰かに執着されている人側として「(誰かが)掴んだ手」を自分の意思で振り払うというのも解釈としては可能。いつもながら藤井風の楽曲は色々と解釈可能なので、限定せずFreeに楽しめばいいと思う。
この箇所で実はもっと大事なのは歌詞と曲展開の関連だったりする。この「解き放て 空の果て」からは曲が転調し歌のキーも上がる。これにYaffleアレンジによりゴスペル的なシンセクワイヤが加わることで、チルで暖かい雰囲気が一変してとても強い曲となる。まさに心が解き放たれる瞬間を表現し、我々リスナーを空の果てに連れて行ってくれるかのような曲調。『golden hour』の大サビに近い感覚。
あと、「ガーデン」という言葉の解釈も結構難しくてまだまとまっていないんだけど少しだけ。普段は「守り続けたい心のお庭」と受け取って曲を聴いているんだけど、「囚われてしまう心の檻」、という解釈もできてしまう。だからある意味あったかいガーデンからの解放ということを歌ってるのかも…みたいな。青春の中に永遠の煌めきを見出さないで、という通説と逆な立場を取った『青春病』に近いメッセージを発しているのか?そんな考えがグルグル頭を回って超楽しい気分にさせてくれるのが藤井風というアーティストの深みですわ。自分の中で落ち着くまでは多分5年くらいかかりそうな予感。
ま、総じて流した涙もふりまいた愛も全て、僕らの心のガーデンを豊かにしてくれるんすよ。みんなそれぞれ抱えてるし背負ってると思うけどきっとそうなんす。