【謝恩使と慶賀使の違い】簡単にわかりやすく解説!!派遣理由や特徴について
【謝恩使と慶賀使の違い】簡単にわかりやすく解説!!派遣理由や特徴について

【謝恩使と慶賀使の違い】簡単にわかりやすく解説!!派遣理由や特徴について

江戸時代には、参勤交代というものがあったのを覚えていますか? しかし参勤交代とは別に、当時の琉球王国からの使節団がたくさん派遣されていて、何が何だかわからなくなってきてしまいがちでしたよね。 す

今から約140年前、琉球王国という国が沖縄本島を中心に存在していました。 琉球王国は日本と中国・朝鮮半島・東南アジア諸国などをつなぐ交通の重要な拠点でした。 そのため、琉球王国では独自の文化が発達し、日本とは少し違った言語が使われました。 今回はそんな『琉球王国の歴史』について、簡単にわかり.

謝恩使と慶賀使の違い

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✔ 派遣されるきっかけが違う

謝恩使・・・琉球国王が変わるごとに将軍に遣わされた

慶賀使・・・江戸幕府の将軍の代替わりごとに将軍の元へ遣わされた

✔ 派遣されていた理由が違う

謝恩使・・・将軍のお陰で琉球国王になれたことを感謝するために参上する

慶賀使・・・将軍就任のお祝いに参上する

✔ 通常は同時に派遣されない

謝恩使・・・単独派遣は 1644 年にスタート

慶賀使・・・単独派遣 1634 年にスタート

謝恩使と慶賀使の共通点

謝恩使と慶賀使は、時代によって多少変化があるものの、両方ともやることや構成員については、ほとんど変更がなかったとされています。

〇構成員は謝恩使も慶賀使も同じ

〇旅程は1年がかりで、ルートも同じ

〇両方の使節にはパフォーマンス要員もいる

構成員は謝恩使も慶賀使も同じ

構成員は、王子が正使、副使に親方(士族のトップ)、讃議官、楽正、儀衛正、掌翰使、楽師、楽童子などで構成されていて、規模はおよそ 100 名前後でした。

さらに道中では、薩摩藩の護衛や藩主、役人も合流し、その規模は 500 人にのぼったそうです。

後述しますが、謝恩使と慶賀使が同時に派遣されていた時期もあったというから、その規模は大名行列や参勤交代に匹敵するといえます。

②謝恩使と慶賀使の旅程は同じ

謝恩使も慶賀使も、琉球王国から江戸幕府まで往復1年かけて行われてきました。

③謝恩使も慶賀使にもパフォーマンス要員がいる

謝恩使も慶賀使にも、琉球舞踊や琉球音楽を演奏するパフォーマンス要員がいました。

道中では、この様な人物達が江戸上りのルートでパフォーマンスを繰り広げていて、これらが後に、農村芸能に影響を与えたりしたとされています。

また、使節団にいたパフォーマンス要員の人たちは、将軍や幕閣の前でも琉球の文化を披露していたそうです。

謝恩使について詳しく解説!

①琉球国王が変更したら遣わされていた

謝恩使は、琉球王国の国王が変わるごとに江戸に派遣されていた使節団のことを指します。

最初の謝恩使は、 1644 年に派遣されています。

②謝恩とは、将軍に感謝をするための意味だった

それは、江戸幕府の将軍に対して感謝の意を示しているんです。

謝恩使の簡単な覚え方にも有効ですが、謝恩使の遣わされた理由は、「将軍様のおかげで琉球国王になれました。ありがとうございます。」という意味があるのです。

慶賀使について詳しく解説!

①将軍の代替わりごとに派遣されていた

慶賀使と言うのは、江戸幕府の将軍が変わるごとに、江戸に遣わされた使節団のことを指します。

つまり、江戸幕府の将軍が交代するごとに、わざわざ琉球から江戸幕府まで赴くことが義務付けられていたと言ことになります。

最初の慶賀使は、 1634 年に派遣されています。

②慶賀というのはお祝いの意味

簡単な覚え方としては、「将軍のご就任、おめでとうございます。お祝いするために参上しました。」と言うために派遣された使節団、と言う訳です。

謝恩使と慶賀使が同時に派遣されることもある

実は謝恩使と慶賀使が同時に派遣されている時期が過去に3回もあったのです。

徳川家光の間は謝恩使と慶賀使はほぼ交互に派遣されていますが、 1710 年と 1714 年の間は4年しかありません。

まとめ

✔ 謝恩使と慶賀使は琉球王国が薩摩藩の侵略にあったためにできた使節団のこと。

✔ 謝恩使と慶賀使は、約200年の間に合計18回派遣されていた。

✔ 構成員やルートも同じで、両方とも1年かけて使節団を送っていた。

✔ 謝恩使と慶賀使にはパフォーマンス要員がいる。

✔ 派遣されるきっかけが違い、謝恩使は琉球国王が変わるごとに将軍に遣わされたが、慶賀使は江戸幕府の将軍の代替わりごとに将軍の元へ遣わされた。

✔ 派遣されていた理由が違い、謝恩使は将軍のお陰で琉球国王になれたことを感謝するために参上し、慶賀使は将軍就任のお祝いに参上していた。

✔ 最初の謝恩使は1644年に単独派遣され、慶賀使の単語苦派遣は1634年。

✔ 謝恩使と慶賀使は、同時に派遣されていたこともあった。

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  • 📚日本史用語の理解を深めよう!
  • 1 琉球王国について知ることが近道!
    • 1.1 通称:江戸上り
    • 3.1 ① 構成員は謝恩使も慶賀使も同じ
    • 3.2 ②謝恩使と慶賀使の旅程は同じ
    • 3.3 ③謝恩使も慶賀使にもパフォーマンス要員がいる
    • 4.1 ①琉球国王が変更したら遣わされていた
    • 4.2 ②謝恩とは、将軍に感謝をするための意味だった
    • 5.1 ①将軍の代替わりごとに派遣されていた
    • 5.2 ②慶賀というのはお祝いの意味

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