浦島太郎とは? わかりやすく解説
浦島太郎とは? わかりやすく解説

浦島太郎とは? わかりやすく解説

「浦島太郎」の意味は<p style="padding-bottom: 10px;"><!--AVOID_CROSSLINK-->読み方:うらしまたろう<!--/AVOID_CROSSLINK--><img src="exceptionalcharacters/02531.gif" alt="[一]" class="exceptionalcharacter">浦島説話の主人公である「浦島の子」の、御伽草子以降の呼び方のこと。Weblio国語辞典では「浦島太郎」の意味や使い方、用例、類似表現などを解説しています。

浦島太郎という人(あるいは漁師 [ 注 1 ] )は、浜で子供達が亀をいじめているところに遭遇。その亀を買いとって保護し、海に放してやる(太郎は子供達をわざとつついて「お前たちは亀に同じことをしたんだぞ?」と叱る場合もある。)。2、3日後、亀が現れ、礼として太郎を背に乗せ、海中の竜宮に連れて行く。竜宮では乙姫が太郎を歓待 [ 注 2 ] 。しばらくして太郎が帰る意思を伝えると、乙姫は「決して蓋を開けてはならない」としつつ玉手箱を渡す。太郎が亀に乗って元の浜に帰ると、地上では700年もの年月が経過していて、太郎が知っている人は誰一人いない。太郎が忠告を忘れて玉手箱を開けると、中から白い煙が発生し、太郎は実年齢の白髪で皺だらけの老人の姿に変化する。(尋常小学国語読本、巻3) [ 9 ] [ 10 ] [ 注 3 ] 。 経緯

The Japanese Fairy Book (1908)より 唱歌
  • 1900年の『幼年唱歌』に掲載された「うらしまたろう」(作詞・石原和三郎、作曲・田村虎蔵[ 注 7 ] )
  • 1911年の『尋常小学唱歌』(第二学年第10曲)に掲載された「浦島太郎」(作詞・乙骨三郎、作曲・三宅延齢 [ 14 ][ 注 8 ] )

変遷

古代においては「浦島子」が、亀に身をやつした異郷の姫に出会い、夫婦になる縁といわれ、異郷にいざなわれる展開である [ 16 ] [ 17 ] 。"神女のおしかけ女房的な話"などと形容される [ 16 ] 。異郷で3年暮らして望郷の念にかられるが、陸の世界に戻ると300年がたっており、開けるなと禁じられた箱を開けると体が消滅してしまうというのは、ほぼ近代版どおりである [ 17 ] [ 18 ] 。

古代・中世とも浦島と姫は船で異郷にたどりつく [ 22 ] 。しかし江戸時代、浦島が亀の上に乗って竜宮に行き来するのが図像化される。その嚆矢は17世紀末(元禄時代)頃とも [ 注 9 ] 18世紀半ばともされる [ 24 ] 。亀に乗る浦島図は、多くの草双紙などに描かれようになったが [ 25 ] 、相変わらず竜宮が波上に描かれるのも一般的であった [ 28 ] 。明治の赤本絵本(1880年代)や [ 29 ] 月岡芳年の「漫画」(1886年)では、海上の楼閣に見えるが、詳述がない [ 31 ] 。

近代版における、乗物と化した亀はもはや姫の化身ではなくなり、亀は姫の"眷族"と呼ばれる [ 29 ] 。姫その下僕を救われた恩返しに、蛸や魚などの踊り子にも命じて、浦島をもてなすが、夫婦にはならない [ 35 ] 。助けられた亀についても、報恩譚が成立するといえなくもないが、単に交通手段として浦島を送り迎えするだけの恩返しにとどまるのである [ 35 ] 。

その他の近代版

明治期の赤本

明治期の近代赤本として『浦嶋物がたり』(明治13/1880年) [ 36 ] [ 37 ] 、『浦島弌代記』(一代記)」(1883年) [ 38 ] 、『浦島物がたり』」(1885年) [ 39 ] が挙げられる [ 40 ] 。

明治・大正期の活版本 関敬吾撰

関敬吾編『日本の昔ばなし』(岩波文庫)に所収される、香川県仲多度郡で採集された話がある [ 44 ] 。これは「北前の大浦」を舞台とする。漁師の浦島太郎は、いかだ船で釣りに出かけるが亀が何度もかかるばかりで、その都度放してやる。釣果はなしに帰途につくと、渡海舟がやってきて、乙姫のいる海中の竜宮界に連れて行かれる。結末は御伽草子と同様だが、玉手箱が三段重ねで、一段目には鶴の羽があり、二段目で白煙があがって老人となり、三段目に鏡が出て浦島太郎が自分の変わり果てようを目にすると、鶴の羽が触れて鳥の姿になって飛び回る。その浦島をみようと、乙姫が亀に変身して浜にあがってくる [ 45 ] 。この話は英訳もされている [ 46 ] 。

英訳

バジル・ホール・チェンバレン英訳The Fisher-Boy Urashima(1886年)は、『日本昔噺』(ちりめん本)シリーズの一篇として長谷川武次郎により刊行された(挿絵は無銘だが小林永濯の作とされる) [ 54 ] [ 注 10 ] 。チェンバレン訳は、記紀・丹後国風土記・万葉集など古典の設定を取り入れた混成話であり [ 56 ] 、龍宮は海中でなく海を遠く隔た離島にあるとし [ 57 ] 、二人して船を漕いで到達する設定になっている [ 58 ] 。

1897年にはラフカディオ・ハーンの「 夏の日の夢 (英語版) 」(『東の国から Out of the East』所収)によっても紹介されている [ 59 ] [ 60 ] 。

考察

近代版 [ 注 11 ] の浦島太郎には、善行を行えば報われるという、「仏教的な因果応報思想」が意図的に盛り込まれるとの解説がある [ 61 ] 。近代版には、亀が「おれいに竜宮へおつれしましょう」と語っているので、報恩の意志ははっきりしている [ 注 12 ] [ 20 ] 。

しかし、近代版では理不尽にも浦島の結末は短く竜宮で楽しんだ後は老人となってしまう。結果的に自身が不幸に陥ることになるので、報恩といえるかどうか、疑問視もされ [ 62 ] 、「アンチ報恩譚」とのレッテルを張る論文すらある [ 63 ] 。。また古い浦島子伝説では報恩の要素は見いだせないとされる [ 64 ] 。

中世(『御伽草子』、後述)の場合は、主人公が単に老化してあるいは死んで終わるのではなく、鶴と化して「めでたき」結末となっている [ 65 ] ので、より報恩譚として成立する。これについては逆に、亀の放生を行った程度で容易に無限の宝を得られるでは釣り合わない、との批判がみられる [ 66 ] 。鶴になる結末は何を伝えたいのかわからないとの向きもある [ 1 ] 。もっとも鶴と亀は長寿の象徴でもあるので、短命の人間から姿が変じたことは吉兆である可能性もある。

竜宮

このワタツミを竜神や竜王と同一視できるかについては、浦島子伝説は既に中国の唐代に流行していた竜生九子伝説 [ 注 14 ] の影響を受けていたもので、すなわち奈良時代の浦島子伝説でも、亀姫は竜王の姫だったという解釈がある [ 68 ] 。また唐の『竜女伝』を元の素材として、亀姫は東海竜王の娘の竜女であるとする、より具体性のある見解を藤沢衛彦は打ち出している [ 69 ] 。

しかし仮説になりたった解釈を抜きにすれば、『御伽草子』において初めて、異郷が明確に「竜宮」となり [ 70 ] 、その異郷の女性が「乙姫」という名の竜王の娘として登場する [ 71 ] [ 72 ] 。この竜王が竜族かを問えば、柳田国男によれば「日本の昔話の竜宮には竜はいない」とされる [ 73 ] 。

御伽草子

御伽文庫

丹後の国に浦島という者がおり、その息子で、浦島太郎という、年の頃24、5の男がいた。太郎は漁師をして両親を養っていたが、ある日「ゑじまが磯」というところで亀を釣りあげ、「亀は万年と言うのにここで殺してしまうのはかわいそうだ。恩を忘れるなよ」と逃がしてやった。数日後、一人の女人が舟で浜に辿り着き、漂着したと称して、なんとか本国に連れ帰してくれと請願する。実はこれは逃がしてもらった亀の化身であった [ 注 16 ] 。二人が舟で龍宮城に到着すると、女性は太郎と夫婦になろうと言い出す。龍宮城は、東西南北の戸を開けると四季の草木と眺めがみえるように作られていた。ここで共に三年暮す頃、太郎は残してきた両親が心配になり帰りたいと申し出た。姫は自分が助けられた亀であったことを明かし、開けることを禁じたうえで「かたみの筥(はこ)」(または「箱」、挿入歌では「玉手箱あけて悔しき」と詠まれる [ 注 17 ] )を手渡した。太郎は元の浜に着き、老人に浦島(太郎の父)の行方を尋ねるが、それは七百年も昔の人で、近くにある古い塚がその墓だと教えられる。龍宮城の三年の間に、地上では七百年もの年月が経っていたのであった。絶望した太郎が箱を開けると、三筋の紫の雲が立ち昇り、太郎はたちまち老人になった。太郎は鶴になり蓬萊山へ向かって飛び去った。同時に乙姫も亀になって蓬莱山へ向かった。丹後では太郎と乙姫は夫婦の明神となって祀られた [ 79 ] 。

一説に、ここから「亀は万年の齢を経、鶴は千代をや重ぬらん」と謡う能楽『鶴亀』などに受け継がれ、さらに、鶴亀を縁起物とする習俗がひろがったとする [ 要出典 ] 。

異本と系統 ―オックスフォード大学ボドリアン図書館所蔵の絵巻より、16世紀末~17世紀初。 近代版に近い系統

I類系統の本が、現代版により近く、浦島太郎が宝を渡して亀を買い取る要素が含まれている [ 84 ] 。また、相手の女性を無名とせず、「乙姫」(「亀の乙姫」)と特定するものが含まれる [ 85 ] [ 86 ] 。また本文でも「玉手箱」という言葉が使われる [ 注 18 ] [ 87 ] [ 88 ] 。

林晃平は、I類を性格づける要素として、1) 亀の買い取り 2) 迎えの舟 3) 四季の間に郷愁をなだめる効果 [ 注 21 ] 、4) 村人が長寿を認めて荼毘に付す(修行僧の役割)、5) 玉手箱の煙が蓬莱に到達し、乙姫が悲しむ、の五つを挙げている [ 90 ] 。

浦島子伝説

蓬萊山は、中国における不老不死の理想郷で、道教の中核にある神仙思想の産物である。浦島子伝説には、こうした神仙思想的(道教的)要素が見いだせる [ 94 ] 。ただそのことについては、現地の伝説を取材したが原作者の漢籍癖が出たためとも [ 95 ] 、唐伝来の話の翻案であるから、とも論じられる [ 96 ] 。

丹後国風土記逸文

8世紀に成立した『丹後国風土記』(現在は逸文のみが残存)にある「筒川嶼子」「水江浦嶼子」 [ 97 ] は、浦島太郎の物語の原型と解されている [ 注 22 ] [ 99 ] 。ほぼ同時代の『日本書紀』『万葉集』にも記述が見られるが、『丹後国風土記』逸文が内容的に一番詳しい [ 100 ] 。

冒頭は「與謝郡日置里、この里に筒川村あり」とし、その村の筒川嶼子(つつかわのしまこ)は、容姿と風流が際立ち、別名「水江浦嶼子」といい、日下部首(くさかべのおびと)の先祖だとしている [ 注 23 ] 。 長谷(はつせ)の朝倉宮の御世、つまり雄略天皇の時代。嶼子(島子)が一人船で海に出るが、3日間魚は釣れず、五色の亀が取れる。船で寝入る間に亀は美女の姿に変わっている。いきなり現れた女性の素性を訪ねると、「天上の仙(ひじり)の家」の者だとの返答。島子と語らいたくなってやって来たという。舟を漕いで女性の住む「蓬山」 [ 注 24 ] を訪れるが、海上の島であった。門に立つと、7人の童子、ついで8人の童子に「亀比売(かめひめ)の夫がいらした」と出迎えられるが、これらは昴七星と畢星の星団であった。浦島は饗宴を受け、女性と男女の契りを交わす。 三年がたち、島子に里心がつくと、女性は悲しむが、彼女との再会を望むなら決して開けてはならない玉匣(たまくしげ)(箱)を授けて送りだす。郷里を訪ねると家族の消息は得られず、水江の浦の島子という人が300年前に失踪したと伝わる、と教えられる。約束を忘れて箱を開けると、何か美しい姿が雲をともない天上に飛び去って行った。そこで島子は女性と再会できなくなったことを悟るのである [ 102 ] [ 103 ] 。

伊余部馬養の作という説

馬養は7世紀後半の学者官僚で『律令』選定、史書編纂に係わって皇太子学士を勤め、『懐風藻』に神仙思想を基にした漢詩を残す当代一級の知識人であった。そのことを踏まえても、馬養の著作の源が日本の伝承だったのか、中国の説話なのか疑問が残る。現地に元々あった伝承を採集しそれを中国の神仙譚風に編集、脚色したという見解と [ 95 ] 、中国の類話の舞台を丹波/丹後に移して翻案した作品との見解 [ 96 ] とで対立している [ 注 25 ] 。

三浦の解釈

三浦佑之の論旨に従えば、『丹後国風土記』を基にして解釈すれば、主人公は風流な男である浦島子と [ 106 ] 、神仙世界の美女であり、その二人の恋が官能的に描かれて [ 107 ] [ 108 ] 異界(蓬莱山)と人間界との3年対300年という時間観念を鮮明に持つ [ 109 ] 。その語り口は、古代にあっては非常に真新しい思想と表現であり、神婚神話や海幸山幸神話などとはまったく異質であり [ 110 ] 、結末が老や死ではなく肉体が地上から消え去るという神仙的な尸解譚になっているのもそのためである [ 111 ] 。

日本書紀 万葉集巻九

8世紀半ば以降に成立した『万葉集』巻九の高橋虫麻呂作の長歌(9-1740)に「詠水江浦嶋子一首」として、浦島太郎の原型というべき以下の内容が歌われている [ 112 ] 。「春日之 霞時尓 墨吉之 岸尓出居而(春の日の 霞める時に 住吉の["すみのえ"の] 岸に出で居て)..」という読み手の現実に始まり、そこから連想される浦島の故事に触れる [ 113 ] [ 114 ] 。大意は次のようなものである:

水の江の浦島の子が7日も帰らず鯛や鰹を釣りをしていると、海境(うなさか) [ 注 26 ] を超えて漕いでいて行き交った海神(わたつみ)の娘と語り合うようになり、そして結婚する。常世にある海神の宮で暮らすこととなったが、愚かな男は里帰りを言い出す。妻は、この常世の国に戻りたいと願うなら決してこれを開くなと、篋(くしげ [ 注 27 ] )を手渡す。 水江に帰ってみると、家を出てから3年しかたっていないと思っていたのにその家は跡形も無い。箱を開ければ元の家などが戻ると思い開けたところ白い雲がたなびいて常世にむかい、うろたえて叫び、地団太を踏むと、気絶した。浦島の子は皺だらけの白髪の老人の様になり、ついには息絶えてしまった。 [ 114 ]

平安以降
  • 10世紀初頭:『続浦島子伝記』 [ 118 ]
  • 11世紀後半:「浦島子伝」(『本朝神仙伝』 所収) [ 119 ]
  • 11世紀末:「浦島子伝」(『扶桑略記』 所収) [ 120 ]
  • 13世紀初期:「浦島子伝」(『古事談』 所収) [ 120 ] など [ 要検証 – ノート] 。

地域伝承

長崎県壱岐に伝わる話 神奈川県横浜市神奈川区に伝わる話 慶運寺「龍宮傳来浦島観世音浦島寺」石碑。観福寺に旧蔵 [ 123 ] 。 画像外部リンク 観福寿寺 - 江戸名所図会(国立国会図書館)

昔、相模国三浦に浦島太夫とよばれる人がおり、彼は仕事のため丹後国に赴任していた。その息子である太郎は、亀が浜辺で子供達にいじめられているところに出会う。(全国版と同じなので中略)竜宮の乙姫から授かった玉手箱と観音像を持って太郎が丹後に帰ると、そこに両親のゆかりの跡はなく、太郎は両親の墓は武蔵国白幡(現・横浜市神奈川区の東部)にあると聞かされる。 老人となった太郎は、白幡の峰そばの子安の浜(浦島丘)に行き、両親の墓を探したが、なかなか見つけられない。それを見かねた乙姫は、松枝 [ 注 29 ] に明かりを照らして場所を示した。やっとのことで墓を見つけた太郎はその地に庵を結び、観音像を安置した。太郎の死後、その庵は観福寺(浦島院観福寿寺)となった [ 124 ] [ 125 ] 。

観福寺は、江戸末期の神奈川宿火災で焼失して廃寺となるが [ 注 30 ] 、明治5年(1872年)に石井直方(神奈川本陣)が、神奈川区の慶運寺に一宇を増築させて併合させた [ 126 ] [ 127 ] 。聖観世音菩薩像は残り、こちらに安置されている [ 123 ] 。この聖観世音菩薩像と、慶運寺および同区内の蓮法寺が所有する塔・碑は、「浦島太郎伝説関係資料」として横浜市登録の地域有形民俗文化財となっている。

長野県木曽の浦島伝説 香川県三豊市詫間町の浦島伝説 由来の地名など 香川県三豊市詫間町の丸山島。干潮時には地続きになる。浦島神社、竜王宮という祠がある 香川県三豊市詫間町にある浦島太郎親子の墓 中央が太郎の墓

"へだてゆく 八重の汐路の浦島や 箱の三崎の 名こそしるけれ"

  • 生里(なまり) - 與作という人がおしもさんという美しい娘を嫁にもらって住んでいた所。二人の間に生まれた男の子が浦島太郎である。太郎の生まれた里で「生里」という [ 132 ] 。
  • 浦島(うらしま) - 昔荘内組七浦と呼ばれていた大浜浦、積浦、生里浦、箱浦、香田浦、家の浦、粟島の七つの地区を総称して「浦島」という [ 133 ] 。
  • 鴨之越(かものこし)- 太郎がいじめられている亀を助けた浜辺 [ 132 ] 。
  • 丸山島(まるやまじま)- 鴨之越の海岸にある島で、干潮時には歩いて渡ることができる。この海岸で太郎が亀を助けたとされており、丸山島に浦島神社が祀られている [ 134 ] 。
  • 箱(はこ) - 太郎が玉手箱を開けた場所。太郎親子の墓もある [ 135 ] 。
  • 積(つむ) - 宝物を積んだ太郎が竜宮城から乙姫に送られて帰り着いたとされる場所 [ 136 ] 。
  • 糸ノ越(いとのこし) - 太郎が箱から釣糸をもって室浜へ通った所で、太郎の休んだ腰掛石もある [ 137 ] 。
  • 室浜(むろはま) - 太郎が竜宮から帰ってからの2、3年釣りをしていた所と言われている。不老の浜(ぶろま)とも呼ばれている [ 137 ] 。
  • 紫雲出山(しうでやま)- 太郎が開けた玉手箱から出た白煙が紫の雲となって、この山にたなびいたとされる [ 138 ] 。
  • 仁老浜(にろはま)- 太郎の母の生家「しもの家」がある地区。玉手箱を開けて白髪の老人となった太郎が、母の里で余生を送ったとされ、「仁義深い老人の浜」が仁老浜の語源とされる [ 139 ] 。
  • 金輪の鼻(かなわのはな)- 竜宮城で歓待を受けた後、積まで乙姫様に送ってもらった。積の海岸で別れを惜しみ、浦島太郎と堅い握手を交わした際に乙姫様が金の腕輪を落としたことから金輪の鼻と呼ばれている [ 140 ][ 141 ] 。
  • 姫路(ひめじ)- 粟島の地名。乙姫が太郎を里へ送り届けた後、潮流の関係で一時立ち寄ったのが元で「姫路」と呼んでいる。 [ 134 ]
  • 亀戎社(かめえびすしゃ)- 粟島。太郎を乗せた亀の死骸を葬った場所に建てられた社とされる。 [ 134 ]
  • 上天(じょうてん) - 紫雲出山の中腹にあり、太郎が昇天した場所と言われている。山頂の竜王社では旧3月15日に例祭があり、積の人たちによってお弁当の接待がされていた [ 142 ] 。
伝説がまとめられた経緯 浦島太郎を名乗る人物
  • 初代:大西友吉(昭和23年頃から) - 浦島太郎第三十何代と称している(昭和44年没)
  • 2代目:西川正一(昭和48年から)
  • 3代目:山田要(昭和58年から)
自治体の取り組み 日向の海彦・山彦神話 南薩地域に伝わる話 指宿駅東口広場の「竜宮伝説の指宿へようこそ」の観光宣伝 沖縄に伝わる話

ゆかりの神社仏閣

  • 慶運寺(神奈川県横浜市神奈川区) - 浦島太郎が竜宮城から持ち帰ったと伝わる、明治時代に焼失した観福寿寺(浦島寺)の聖観世音菩薩像を安置。浦島観世音像の左右には浦島太郎と乙姫の像が立つ。
  • 浦嶋神社(京都府与謝郡伊根町) - 浦島伝説の中では最も古いとされる『丹後国風土記』逸文ゆかりの地域にある。社伝では天長2年(825年)に創建。
  • 嶋児神社(京都府京丹後市網野町) [ 156 ]
  • 寝覚の床・臨川寺(長野県上松町) - 寝覚の床は竜宮城から戻った浦島太郎が玉手箱を開けた場所といわれ、中央の岩の上には浦島堂が建つ。臨川寺は、浦島太郎が使っていたとされる釣竿を所蔵する。境内からは景勝寝覚の床を見下ろす。
  • 知里付神社・真楽寺(愛知県武豊町) - 知里付神社には浦島太郎が竜宮城から持ち帰ったといわれる玉手箱が所蔵されている(非公開)。日照りの際の雨乞いに使われたという。また、真楽寺の境内には浦島太郎を背負った亀のものとされる墓がある。武豊町の富貴という地名は、「負亀」(オブガメ)の音読みの「フキ」が転化したものだとも言われている。

類話

  • 『捜神後記』所収の話 [ 注 31 ] 。会稽の剡県に住む袁と根という男らが二人の仙女と同棲するようになるが、あるとき留守を機に帰郷を図って露見する。ひいては止められず、腕嚢を渡され、開けることを禁じられる。根の家族が詮索して五重の嚢を開いてしまうと、その後、根は蒸発してしまった。それは蝉脱した(仙人となった)といわれた [ 157 ][ 158 ] 。
  • 『水経注』に、晋代の王質という男が山の洞窟で4人の童子が琴を弾いて歌っているのをしばらく聴いた後、家に戻るといつの間にか数十年の時がたっていたという話がある [ 159 ] 。
  • 唐代の薛瑩の撰による『竜女伝』。震澤の洞庭山の洞窟に茅公[月+它] [ 注 32 ] という漁師が転げ落ちて竜宮にたどり着き、10日程過ごして帰参。東海竜王の第七女を主とするその竜宮に、今度は梁の武帝が羅子春兄弟を使者に遣わし、竜女より返礼として宝珠を得る。使者たちは龍に乗って瞬く間に返る。ただ、もてなしの料理は、包みを開くと石のように固くなってしまった [ 160 ] 。
  • 中唐時代、 李朝威 (中国語版) によって書かれた伝奇小説「 柳毅伝 (中国語版) 」は若い書生柳毅が竜王の娘を助け、洞庭湖の竜王のもとに赴き、後に娘をめとって竜王となる話である。柳毅は竜王となった後、長い年月がたっても若いままであるが、それは仙薬によるものであると説明されている [ 161 ] 。
  • アイルランドの オシーン (英語版) が、海の乙女 ニアヴ (英語版) に誘われて「常若の国(ティル・ナ・ノーグ)」で何百年かを過ごすという物語がある [ 注 33 ][ 162 ][ 163 ][ 164 ] 。
  • 『クルアーン』の「洞窟の章」には、アッラーフによって309年間洞窟で眠っていた男達の話がある。これは「エフェソスの7人の眠り男」と呼ばれる、ローマ帝国の迫害から逃れた人々が洞窟に閉じこめられたが、200年以上たった後、そのうちの一人の男が目覚め街に姿を現したという説話が元になっている [ 59 ] 。
  • 12世紀にフランス語で書かれた『ガンガモールの短詩』では、タイトルヒーローが白い猪を追跡するうちに森の最深部に入り込み美しい宮殿に行きつく。彼はそこの姫君(猪に変身していた)と結ばれ3日間楽しく過ごす。彼は親族と再会するために出発するが、姫に「人間界との境である川を渡り終えたら、飲食を控える」ようにと警告される。彼が故郷に戻ると親族は300年前に亡くなったと知る。彼が野生のリンゴの木から実を3つ取って食べると、たちまち年老いて落馬し動けなくなる。彼は最後に姫君の侍女によって女人の国にと連れ去られる [ 165 ] 。
  • 山幸彦と海幸彦 - 『古事記』と『日本書紀』から、山幸彦が問題を解決するため無目籠に乗り海神の宮に行く話がある。
  • 爛柯(らんか) - 中国版浦島太郎
  • リップ・ヴァン・ウィンクル - アメリカ版浦島太郎
  • ティル・ナ・ノーグ - ケルト神話の妖精郷「常若の国」。浦島太郎と同じく、フィアナ騎士団のオシーンなど「常若の国」に行って数百年が経過した人物の話がいくつかある。

翻案

  • 浦島太郎 (1918年の映画)
  • お伽草紙(太宰治、1945年刊行)
  • TARO URASHIMA(ミュージカル、2016年上演)

その他

  • ウラシマ効果
  • 浦島太郎(花子)状態 [ 注 34 ]
  • ウラシマソウ - 肉穂花序の先端部が先細りに長く伸び、次第に垂れるものを釣り竿に見立てての命名である。
  • ウラシマグモ - 近縁種のオトヒメグモに対比して名付けられた。
  • うらしま- 海洋研究開発機構が研究している自律型深海巡航無人探査機
  • リュウグウ (小惑星)-小惑星1999 JU3の名称。小惑星探査機「はやぶさ2」が目指す目標天体の名称。小惑星のサンプルの入ったカプセルを持ち帰るミッションを「浦島太郎」が竜宮城へ行き玉手箱を持ち帰ることになぞらえて命名された。
    • ウラシマクレーター-リュウグウにあるクレーター
    • オトヒメ岩塊-リュウグウにある岩塊
    • 『踊る龍宮城』
    • 『うたう!大龍宮城』
    • 『男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』
    • 『ウルトラQ』第6話「育てよ!カメ」
    • 「ウラシマ」
    • 劇作『洞窟の人々』( タウフィーク・アル=ハキーム (英語版) 、1933年)
    • ヴァリグ・ブラジル航空は、1960年代から1980年代にかけて、浦島太郎をモチーフにした テレビCM を放映。宣伝歌「浦島太郎」(1968年発売)は、日系人歌手の ローザ・ミヤケ (ポルトガル語版) (三宅ローザ)が歌唱しており [ 167 ] 、アルバム『三宅ローザ・イン・東京』『ブラジルの妖精/ローザ三宅 日本を歌う』に収録されている。

    脚注

    注釈
    1. ^ 第三期国定教科書では「むかし、うらしま太郎といふ人がありました」となっているが、近年の教科書の多くは漁師と紹介 [ 7 ] 。
    2. ^ 国定4では、タイやヒラメやタコが舞でもてなす [ 8 ] 。
    3. ^ 浦島太郎が竜宮城で過ごした日々は数日だったが、地上では随分長い年月が経っていたのである。
    4. ^ 別名『尋常小学読本』通称『ハタタコ読本』)。
    5. ^ あるいは国定教科書の準備委員(教科用図書調査委員会の一員)芳賀矢一の要請で、巌谷小波が執筆(作成関与)したものと推察されている [ 12 ] 。
    6. ^ 『丹後国風土記』の島子伝などでは乙姫との官能的な性生活の描写がある(「男女の契りを結び、三年間の結婚生活を送った」、三浦 (1989), p. 74。
    7. ^ 「むかしむかしうらしまはこどものなぶるかめをみて」で始まる。
    8. ^ 「昔々浦島は助けた亀に連れられて」で始まる。
    9. ^ ab 背中に乗るのは、「十八世紀初頭前後に始まった」という考察は [ 83 ] 、「十七世紀末(元禄頃)」に繰り下げている林 (2019), p. 27。
    10. ^宮尾与男の編注対訳本に、逆邦訳された日本語テキストも掲載 [ 55 ] 。
    11. ^ 巌谷小波版/国定教科書以降
    12. ^ この点、理由もわからず連れていかれる中世の物語とは対照的である(下澤)
    13. ^ 岸田によればペニスのメタファーである。
    14. ^ 後に楊慎『升庵外集』に記述される。
    15. ^ 「御伽文庫」は、渋川清右衛門が収集して刊行した1720年頃のそれを指すが、実はその50年も前に刊行された丹緑本(たんろくぼん)と同一テキストと判明している [ 74 ] 。
    16. ^ 素性はここでは明かさず、浦島が去ろうとするときに初めて明かす。
    17. ^ 「いつくしき筥」とも。
    18. ^ 御伽文庫では、本文では「筥/箱(はこ)」としており、挿入歌にのみ「君にあふ夜はうらしまが玉手ばこ、あけてくやしきわがなみだかな」とある。
    19. ^ MS. Jap. c. 4 (R)
    20. ^ テキストも翻刻されている:林 (2013), pp. 18–31。
    21. ^ 募らせるのと逆
    22. ^ 厳密に言えば、馬養の物語が原型であるが、丹後国風土記の編者が二つの話に差異はないと述べている(後述)。ただ三浦は、"馬養の物語の原型にもっとも近い作品は、先に少しふれた『続浦島子伝記』ではないか"との感想も述べている [ 98 ] 。
    23. ^ 與謝郡日置里此里有筒川村此人夫日下部首等先祖名云筒川嶼子爲人姿容秀美風流無類斯所謂水江浦嶼子者也.. [ 101 ]
    24. ^ 挿入歌では「とこよ(等許余)」と見える。
    25. ^ 丹後国はもともと丹波国の行政下にあり、独立したのは713年である。馬養が丹波の国宰だったのはそのとき以前なので、二つの国が混同される理由もそこにある [ 105 ] 。
    26. ^ 海神の国と人間の国の境目
    27. ^ 箱。玉手箱に相当。元々は化粧道具を入れるためのもの
    28. ^ 大阪ではないが、摂津国の高砂が浦島の地元という設定は、明治(1880年)の赤本絵本にもみられる [ 116 ] 。
    29. ^ 乙姫が枝に光を照らしたとされる龍燈の松は、鉄道開通時に伐られたとされる [ 123 ] 。
    30. ^ 資料により慶応4年(1868年)の火事とも [ 126 ] 、「明治元年正月廿七日」の火事だともされる [ 123 ] 。事実の矛盾ではなく、この年は「慶応4年」正月に起こった事項であっても遡って「明治元年」の元号を適用することが行われた。
    31. ^滝沢馬琴『燕石雑志』で浦島伝説の基と考察しているもの。
    32. ^ 『太平広記』では仰公[目+他])
    33. ^ ミホール・コミーン Mícheál Coimín (1676–1760)による詩「テイール・ナ・ノーグのオシーン(常若の国のオシーン)」で知られる。
    34. ^ 竜宮城から故郷に戻るとまったく見知らぬ土地になっていたという浦島太郎の立場になぞらえ、長い間離れていた所に久しぶりに戻ると別世界になっており面食らうことを、古くは「今浦島」現在では「浦島太郎である」「浦島太郎状態にある」などと言う。女性の場合は「浦島花子(うらしまはなこ)」。
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    36. ^ 森林太郎他編『標準於伽文庫』、1920-1921では、"海の中"にあり(p.8)、亀は浦島を背負って"ずんずん水の中へ入って"いった(p.10)。挿絵も水底に竜宮がみえる構図である [ 33 ] 。
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    53. ^ さきがけてウィリアム・グリフィスが1876年に物語を紹介しているが [ 47 ][ 48 ] 、1880年の説話集には欠けている(龍宮関連では「くらげ骨なし(猿の生肝)」や磯良の神が宝珠を仁神功皇后に貸し与える説話を収録する)。片岡政行の英訳(1886年)が挿絵付きでロンドンの雑誌に掲載されたのはチェンバレン訳と同年である [ 3 ][ 49 ][ 4 ] 。
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    参照文献

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    • 柳田國男「海上の道」『沖繩文化論叢 2』、平凡社、1971年 。https://books.google.com/books?id=xbMLAAAAMAAJ 。 ( 『海上の道』: - 青空文庫 )
    • Chamberlain, B. H. (英国王室チャムベリン先生) (1886), The Fisher-boy Urashima, Japanese Fairy Tale Series 8, 小林永濯 (画), 長谷川武次郎, 弘文社 , https://archive.org/stream/fisherboyurashim00chamiala ; 他蔵本 @ Library of Congress
    • Holmes, Yoshiko (2014). Chronological Evolution of the Urashima Tarō Story and its Interpretation (PDF) (M. A.). Victoria University of Wellington.
    • McKeon, Midori Yamamoto (1996), The Urashima Legend: Changing Gender Representations in a Japanese Tale, University of California, Berkeley , https://books.google.com/books?id=yQxNAQAAMAAJ
    • 三舟隆之『浦島太郎の日本史』歴史文化ライブラリー、吉川弘文館、2009年 ISBN 9784642056854

    関連項目

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    外部リンク

    • 瀧音能之「浦島子伝承の変容」『駒沢史学』第56巻、駒沢大学歴史学研究室内駒沢史学会、1-37頁、
    • ISSN04506928、
    • NAID110007003125。
    • 林晃平「片岡政行英訳『うらしま』覚書」『苫小牧駒澤大学紀要』第4号、苫小牧駒澤大学、2000年6月、73-94頁、
    • NAID40005246227。
    1. ^ “運用中小惑星探査機「はやぶさ2」拡張ミッション リュウグウ表面の地名が決定!”. JAXA. 2025年5月2日閲覧。

    浦島太郎(うらしまたろう)

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