千代ヶ崎砲台跡 | 2021年10月に一般公開が開始された明治期の近代化遺産
千代ヶ崎砲台ちよがさきほうだいは、明治時代に旧日本軍が首都東京や横須賀軍港を防衛するために建設した、東京湾要塞を構成する砲台群の一つです。千代ヶ崎は久里浜と浦賀の間にある岬で、観音崎砲台群の南側(東京湾の入口寄り)に位置しています。千代ヶ崎
千代ヶ崎砲台跡 は、 東京湾要塞 の砲台群の中でも築造当初の姿を良好に留めていることから、近代の軍事・土木技術を理解するうえで重要な遺跡であるため、 猿島砲台跡 とともに、2015年に国の史跡に「 東京湾要塞跡 猿島砲台跡 千代ヶ崎砲台跡 」として指定されました。また、2016年には日本遺産「 鎮守府横須賀・呉・佐世保・舞鶴~日本近代化の躍動を体感できるまち~ 」の構成文化財の一つとして認定されました。
千代ケ崎砲台の戦後の歩み
千代ヶ崎砲台 とその周辺は、第二次世界大戦の終戦後、民間で利用されることになりました。その後、1960年(昭和35年)に概ね現在国史跡に指定されている範囲を海上自衛隊が取得し、 千代ヶ崎送信所 として利用するようになりました。そのため、砲撃する目標を地上から計測する 観測所 などの地上施設が残っていなかったり、残っている施設でも改変された箇所があったりします。
海上自衛隊の 千代ヶ崎送信所 は2013年で利用が終了し、2016年からその跡地(国有地)を横須賀市が管理し、史跡として整備してきました。戦後、一旦、民間で利用されていたこともあり、現在も 右翼観測所跡 は民有地のままであったり、当時の 千代ヶ崎砲台 のすべての範囲が公開されているわけではありません。
千代ヶ崎砲台跡 のある平根山には、幕末、 平根山台場 が置かれていました。江戸内海(江戸湾、現在の東京湾)の防衛を目的とした最初の台場の一つで、1811年(文化8年)に会津藩によって築造されました。1837年(天保8年)に発生した幕府側がアメリカの 商船「モリソン号」 に発砲した事件(いわゆる「 モリソン号事件 」)では、 平根山台場 から砲撃を行いました。その後、幕府によるこの地の砲台の機能は、より海岸寄りに築かれた 千代ヶ崎台場 に引き継がれて、1863年(文久3年)まで使用されました。
また、 千代ヶ崎砲台 が完成したおよそ30年後の1925年(大正14年)には、 千代ヶ崎砲台 の東側の尾根に、 千代ヶ崎砲塔砲台 が建設されました。この砲台は、廃艦となった 戦艦「鹿島」 の砲塔1基を転用した砲塔砲台でした。
このように、東京湾がもっとも狭まる浦賀水道の入口に位置する 千代ヶ崎 周辺は、艦船が戦力の主役だった江戸時代末期から昭和前期まで、防衛上の重要な拠点となっていました。
旧軍道他の 東京湾要塞 の砲台がそうであったように、 千代ヶ崎砲台 も東京湾を望む見晴らしの良い丘陵地に建設されました。そのため、 千代ヶ崎砲台跡 へは、砲台の現役時にアクセス道路として設けられた 旧軍道 の坂道を登って行く必要があります。この 旧軍道 の坂道は、約300m、ほぼ一直線に続く見通しの良い道路ということもあり、肉体的にも心理的にもなかなかきつい坂道です。
この 旧軍道 は、戦後、市道として利用されるようになりました。
柵門旧軍道 の長い坂道を登りきると、 柵門 さくもん と呼ばれる、砲台の出入口に着きます。 柵門 は、凝灰質礫岩切石を用いたブラフ積みの切通状の門で、砲台に出入りできる唯一のアクセス道路になっています。
土塁・掘井戸柵門 を抜けると、目の前に砲台内部の防御施設である 土塁 があり、その横には 掘井戸 が残っています。 土塁 は、海上自衛隊の利用時に削られていたり阪路が設けられていたり、現役時の状態から変わっていると推測されています。
ブラフ積みの石壁が整然と続く塁道
千代ヶ崎砲台跡・塁道の入口付近(撮影日:2021.10.24)千代ヶ崎砲台 は、海側に南北に 砲座 が並んでいて、 弾薬庫 や 棲息掩蔽部 せいそくえんぺいぶ などの関連施設は、敵艦からの砲撃の被害を少なくするために、その背後の山側の地下に造られています。砲台内の各施設は、 塁道 るいどう と呼ばれる交通路で結ばれていて、トンネル(隧道)と吹き抜けの露天空間が交互に現われます。塁道の側面は、各施設表面の外壁はレンガ積みで、その他の箇所は凝灰質礫岩切石のブラフ積みになっています。
猿島 の中央を貫く切通状の交通路と雰囲気が似ていますが、長い間非公開だったためか、 千代ヶ崎砲台 のほうが保存状態は良好です。また、建造時期に10年の違いがあることから、後年造られた 千代ヶ崎砲台 のほうが整然としていて完成度が高く、洗練された雰囲気さえ感じられます。(もちろん、 千代ヶ崎砲台 は復元直後というアドバンテージもあります)外国からの技術を積極的に取り入れはじめた明治期の10年というのは、日本の技術革新にとってとても大きな10年だったのでしょう。
オランダ積みのレンガが綺麗に残る地下施設
千代ヶ崎砲台跡・レンガのグラデーション(撮影日:2022.04.09)塁道 で結ばれた地下にある各施設では、豊富なレンガ積みの建造物を見学することができます。より古い 猿島砲台 や 観音崎砲台群 などのレンガ積みと比べても綺麗で、ここでも、後年造られた 千代ヶ崎砲台 の築造技術やレンガの製造技術の向上を見ることができます。
千代ヶ崎砲台 でのレンガの積み方は、 オランダ積み (広義の イギリス積み )が採用されています。日本でのレンガ積みの方式は、明治20年ごろを境に、それより前は フランス積み 、後は イギリス積み もしくは オランダ積み に大別することができます。同じ 東京湾要塞 でも、 千代ヶ崎砲台 より前に築造された 猿島砲台 のレンガは フランス積み を見ることができ、長年に渡って増改築をくり返した 観音崎砲台群 は フランス積み と イギリス積み の両方を見られ、築造時期によってレンガ積みの方式や土木技術の進歩を見ることができます。
棲息掩蔽部 貯水所 千代ヶ崎砲台跡・貯水所(撮影日:2021.10.24)千代ヶ崎砲台 では、砲台内部で雨水を集水、ろ過して、飲用水などの生活用水として利用していました。雨水はまず、塁道の南北2ヵ所に設けられた 貯水所 に、 塁道 に埋設された ろ過下水溝 で集水されます。その後、 沈殿池 と ろ過池 で浄水されて、 貯水池 に貯められ、生活用水として利用されました。
交通路塁道 から 各砲座 へは、地下を東西に貫く 交通路 で移動できるようになっていました。こちらのトンネルも、側面はレンガ造です。
レンガの刻印千代ヶ崎砲台 では 小菅集治監 (刑務所)の煉瓦工場で造られたレンガを使用していて、そのことを示す桜の花の花の刻印が見られるレンガも見られます。
すり鉢状の穴に隠された砲座
千代ヶ崎砲台跡・各砲座を見通すことができる高塁道(撮影日:2021.10.24)千代ヶ崎砲台 の 各砲座 は、地表から約6m低いすり鉢状の穴の中にありました。敵の艦艇からは見えない場所に隠されていましたが、反対にこちらから敵艦もまったく見えない場所にありました。そのため、砲撃する目標を計測する 観測所 が地上にあって、そこから 砲座 へ指示が出されるという仕組みでした。築造当時はまだ通信が発達していない時代でしたので、連絡は 伝声管 と呼ばれる穴を通じて行われていました。
なお、 千代ヶ崎砲台 では、築造から終戦による廃止までの間、一度も敵艦に向けて実弾を発砲することはありませんでした。
2021年10月現在、砲座や地下施設の内部へは、ガイドツアーでのみ見学が可能です。(無料。予約不要)
千代ヶ崎砲台跡・第一砲座(撮影日:2021.10.24) 千代ヶ崎砲台跡・観測所との連絡に使われた伝声管の砲座側の出入口(撮影日:2021.10.24)古代遺跡か何かのようにも見える砲台上の丘陵地
千代ヶ崎砲台跡・砲座を上部より見下ろす(撮影日:2021.10.24)一般公開後の 千代ヶ崎砲台跡 の地上部分は一面芝生で覆われていて、一見するととても戦争遺跡とは思えない、平穏な空間が広がっています。すり鉢状に開いた 各砲座 の穴も、まるで古代の遺跡かなにかのような雰囲気で、他の場所ではなかなか味わえない不思議な感覚の場所です。当然、現役当時は、こんなに整然とした空間ではなかったでしょうから、平和な世の中になった今だからこそ見られる光景です。
千代ヶ崎砲台跡は隠れたお花見スポット
千代ヶ崎砲台跡・海側の桜並木-1(撮影日:2022.04.09) 「千代ヶ崎砲台跡さくらまつり」について2025年の「 千代ヶ崎砲台跡さくらまつり 」は、3月24日月曜日から30日日曜日まで開催が予定されています。 千代ヶ崎砲台跡 へは、通常は土日祝日しか入ることができませんが、2025年の「 千代ヶ崎砲台跡さくらまつり 」は 平日も特別開場 されます。
2026千代ヶ崎砲台跡さくらまつり 「千代ヶ崎砲台跡さくらまつり」は、明治期のレンガ造りの近代化遺産が残る千代ヶ崎砲台跡で行われるお祭りです。地元グルメの出店や横須賀総合⾼等学校筝曲部の演奏などのイベントが開催されます(日にち限定)。. miurahantou.jp千代ヶ崎砲台跡 では、 砲台上 の周囲を中心に、 桜 が多く植えられています。海上自衛隊が利用していた時代に植えられたものと、一部は自生していたものもあると考えられます。 千代ヶ崎砲台跡 で見られる 桜 は、 白い桜 、 オオシマザクラ です。 千代ヶ崎砲台 の歴史を考えると、近年流行りの鮮やかな色の品種よりも、 オオシマザクラ のような 飾り気のない桜 の方が良く似合っています。
例年、 さくらまつり 期間中の 千代ヶ崎砲台跡 一般公開は平日も特別開場されます。とはいえ、 千代ヶ崎砲台跡の桜 はまだまだ穴場のため、とても貴重な 隠れたお花見スポット です。
千代ヶ崎砲台跡へのアクセス方法
現在のアクセス方法2022年12月現在、 千代ヶ崎砲台跡 へ乗用車でアクセスするためには、徒歩5分ほどの 旧軍道 の途中に設けられた 駐車場 (無料、自転車・二輪車も駐車可)か、徒歩10分ほどの場所にある 燈明堂海岸 に隣接した 燈明堂緑地駐車場 (有料)が最寄りの駐車場です。路線バスの最寄りのバス停は、徒歩15分ほどの場所にある「 燈明堂入口 」です。最寄りのバス停からや 燈明堂緑地駐車場 からのルートは、 旧軍道 の長い坂道を登らなければならないため、足腰に自信がない方はタクシーの利用を選択肢に入れた方が良いでしょう。
千代ヶ崎砲台跡 の最寄りのバス停「 燈明堂入口 」には、京急線「浦賀駅」からの場合は京急バス「千代ヶ崎経由京急久里浜駅」行き、京急久里浜線「京急久里浜駅」からの場合は京急バス「千代ヶ崎経由浦賀駅」行きが停車します。※「京急久里浜駅」から出ている「千代ヶ崎」行きバスの終点「千代ヶ崎」は最寄りではなく、 千代ヶ崎砲台跡 とは離れていますので、ご注意ください。
小型バスによる「MEGURU PROJECT」のガイドツアーイベント開催時は、 千代ヶ崎砲台跡 と 浦賀ドック をめぐる、小型バスを利用したガイドツアーが設定される場合があります。(「 MEGURU PROJECT 」イベント開催時の実績)
MEGURU Project 2023 2021年から浦賀ドック周辺で開催している「MEGURU Project」が、2023年も開催されます。浦賀ドック(旧住友重機械工業浦賀工場)は、1899年(明治32年)から1世紀以上に渡って約1. miurahantou.jp 千代ヶ崎砲台跡・「MEGURU PROJECT」イベント開催時のレトロなバス停(撮影日:2021.10.24)三浦半島に残る砲台跡
これらの砲台は、第二次世界大戦が終戦すると、他の軍用地と同じように、さまざまな施設に転用されていきました。そのため、すでに痕跡すら見当たらない場所も多いです。戦後しばらくして海上保安庁や自衛隊が発足すると、主に旧日本軍の施設跡を使うようになりました。 千代ヶ崎砲台跡 はこのケースに該当し、なおかつ大きな再開発を伴わずに非公開のまま使用されてきたため、例外的に保存状態が良い場所ということになります。
これらの戦争遺跡は、確実に「 負の遺産 」です。しかし、明治から昭和初期にかけての、 日本の技術力の結晶 という側面も持っています。ただ単に歴史を否定したり忌避するのではなく、過去の事実や過ちを受け止めつつ、日本の近代化の歴史をたどることができる「 近代化遺跡 」として、訪れる価値があると思います。
三浦半島に残る、主な砲台跡を紹介します。千代ヶ崎砲台跡を除く、比較的原型を良好な姿で留めている砲台跡の5選です。この他にも、 県立城ヶ島公園 や 剱崎 、 披露山公園 などで、砲台跡の遺構を見ることができます。
猿島砲台跡建設時期 :主に明治10年代 現在の用途 :公園( 猿島公園 ) 見学可能日時 :猿島航路運行時間中 見どころ :東京湾最大の無人の自然島である 猿島 は、その島の立地や地形を丸ごといかすかたちで、早い時期から要塞化が進みました。そのため、明治10年代のフランス積みのレンガ造の建造物から、その後の増改築で造られたコンクリート造の建造物まで、バリエーションが豊富です。 千代ヶ崎砲台跡 に比べると、一貫性がなく、雑然としているようにも見えますが、明治から昭和初期にかけての歴史が凝縮されているとも言えます。 猿島砲台跡 は、 千代ヶ崎砲台跡 とともに、2015年に国の史跡に指定されました。
観音崎砲台群跡建設時期 :主に明治10年代 現在の用途 :公園( 県立観音崎公園 ) 見学可能日時 :常時見学可能 見どころ :東京湾がもっとも狭まる場所に位置するため、東京湾防衛の重要拠点として、いくつもの砲台が建設されました。フランス積みとイギリス積みという二種類のレンガの積み方の建造物を見られるのが特徴です。保存状態は悪くありませんが、緑豊かな公園の一部にあるため、自然と一体化しつつある、廃墟のようなヴィジュアルです。
走水低砲台跡建設時期 :明治10年代後半 現在の用途 :公園( 旗山崎公園 ) 見学可能日時 :土日祝日のみ一般公開 見どころ :長らく非公開が続いたため、 千代ヶ崎砲台跡 と肩を並べるほど、保存状態が良いです。 猿島 や 観音崎 の砲台跡などと比べて地形が複雑ではなく、 千代ヶ崎砲台跡 よりもコンパクトであるため、全体像が分かりやすいです。施設の大部分はガイド同伴の必要がなく、自由に見学することができます。( 千代ヶ崎砲台跡 は、弾薬庫などの地下施設内部や砲座は、ガイド同伴が必要です)
米ヶ濱砲台跡建設時期 :明治20年代中盤 現在の用途 :公園( 平和中央公園 ) 見学可能日時 :常時見学可能 見どころ :砲台の跡地は、現在、 平和中央公園 として整備されていて、その一角に砲台の遺構も残されています。かつての 中央公園 から、2021年4月にリニューアルされて、より分かりやすい展示になっています。埋め立てによって海岸線は遠のいていて、三浦半島の砲台跡の中でも周囲の景色がもっとも変化した場所の一つです。
武山防空砲台(武山高角砲台)跡建設時期 :昭和初期 現在の用途 :ハイキングコースの一部( 砲台山 ) 見学可能日時 :常時見学可能 見どころ : 千代ヶ崎砲台跡 などとは異なり、海から離れた山の山頂にある防空砲台跡です。 武山 と 三浦富士 の間の、その名も 砲台山 の山頂にあります。昭和初期の建造物のため、コンクリート造です。レンガ造のような歴史の重みは少ないですが、他の用途に転用されず、原型を留めているコンクリート造の砲台跡は意外と多くないため、貴重と言えます。
千代ヶ崎砲台跡周辺の見どころ
燈明堂とうみょうどうは、江戸時代前期の1648年(慶安元年)、幕府により建設された和式灯台です。1869年(明治2年)に日本初の洋式灯台として観音埼灯台が初点灯したことにより、1872年(明治5年). miurahantou.jp 川間ドック(シティ・マリーナ・ヴェラシス) 川間ドック(住友重機械工業川間工場)は、当時、東京石川島造船所の取締役会長だった渋沢栄一の提案により1895年(明治28年)から建設が開始されたレンガ積みドライドックです。横須賀製鉄所(横須賀造船所. miurahantou.jp 浦賀方面に足をのばせば 西浦賀みなと緑地・陸軍桟橋 西浦賀みなと緑地・陸軍桟橋りくぐんさんばしは、浦賀港の西岸沿いに整備された、親水護岸沿いのボードウォークやプロムナードなどからなる公園です。浦賀の渡しの西渡船場を境に、西叶神社前の北側のエリア(浦賀. miurahantou.jp 浦賀ドック(浦賀レンガドック、住友重機械工業浦賀工場)は、1899年(明治32年)から1世紀以上に渡って約1,000隻以上の船舶の製造や修理を行ってきた、世界に4か所しか現存しない(諸説あり)とされ. miurahantou.jp 久里浜方面に足をのばせば 1853年7月14日(嘉永6年6月9日)、米国大統領の親書を携えたペリー艦隊一行は、久里浜の地に上陸しました。この出来事をきっかけに、江戸幕府は鎖国をやめて、日本は開国の道へと進んでいくことになりま. miurahantou.jp ペリー記念館は、横須賀市の市制80周年を記念して、1987年(昭和62年)にペリー公園の一角に開館しました。館内ではペリー来航に関わる資料が公開されていて、1階にはペリーの黒船艦隊のジオラマ. miurahantou.jp 久里浜港・東京湾フェリー久里浜ターミナル(みなとオアシス"ペリー久里浜") 久里浜港や久里浜海岸周辺の施設は、2018年に国土交通省が定める「みなとオアシス」に「みなとオアシス"ペリー久里浜"」として登録され、同年の「久里浜ペリー祭」内で登録証交付式が行われました。ペリーが. miurahantou.jp くりはま花の国では、春にはポピー、秋にはコスモスが咲きほこり、それぞれの開花時期の最終日には、無料の花摘み大会が開かれます。ゴジラの滑り台がある冒険ランドや、アドベンチャーツリーやミツバチターザンな. miurahantou.jpDATA
<公開時間> 10月~2月 9:30~15:30(入場は15時まで) 3月~9月 9:30~16:30(入場は16時まで)
※このページに掲載している内容は、予告なく変更となっている場合があることをご了承ください。※地図は、右上のレイヤーボタンから、「オープンストリートマップ」「地理院地図」「Google マップ」に切り替えられます。大まかな場所を知りたい場合は「Google マップ」、目的地付近の詳細な道路地図を調べたい場合は「オープンストリートマップ」または「地理院地図」を選択すると分かりやすいです。左上の縮尺ボタンとあわせてご活用ください。
三浦半島日和 横須賀・三浦・葉山・逗子・鎌倉を深く知るためのガイドブックおすすめ記事
金田漁港 金田漁港は、三浦半島南東の東京湾側の、久里浜の南側の岬・千駄ヶ崎からおよそ10km弓なりに続く金田湾の南端にある漁港です。金田漁港の漁港としての規模. 平作旧陸軍墓地 平作旧陸軍墓地は、明治時代中期に開設された、旧日本陸軍の戦死者・病死者のための埋葬地です。第一次世界大戦の戦没者23柱と横須賀重砲兵連隊の戦病死者約. 手子神社&竹生島弁財天 手子神社てこじんじゃは、室町時代中期の1473年(文明5年)、釜利谷かまりやの領主・伊丹左京亮が瀬戸神社の分霊を勧請して創建したと伝わる、釜利谷. 鎌倉巽神社(巽荒神) 鎌倉巽神社かまくら たつみじんじゃ(巽荒神)は、平安時代初期の801年(延暦20年)、征夷大将軍に任命された坂上田村麻呂が蝦夷征討のためこの地を. 日枝神社[高円坊]・和田朝盛塚 三浦・高円坊こうえんぼうの日枝神社は、安土桃山時代の文禄年間(1592~1596年)に創建されたと伝わる、旧高円坊村の鎮守です。 「高円坊. 法蔵院 法蔵院ほうぞういんは、参道から津久井浜海岸を望む、海チカの寺院です。津久井幼稚園が併設されていて、平日の境内は賑やかです。現在は参道の少し先に国.三浦半島産まれ・三浦半島育ち・三浦半島在住の編集人が、現地で実際に見て・聞いて・感じたリアルな姿を伝える、ローカルメディア
special feature temples & shrines 人気記事 2026横須賀&三浦 桜の名所・お花見スポット30選 2022.03.06 2026.02.18 2026逗子&葉山 桜の名所・お花見スポット10選 2022.03.08 2026.02.18 2026三浦半島 桜の名所・お花見スポット70選 2022.03.10 2026.02.18 鎌倉・鶴岡八幡宮の桜 開花状況&今後の見通し<全般的に咲きはじめ> 2026鎌倉 桜の名所・お花見スポット25選 2022.03.10 2026.02.18 miurahantou.jpローカルメディア「#三浦半島 日和 #横須賀 #三浦 #逗子 #葉山 #鎌倉 を深く知るためのガイドブック」のアカウントです。 現在は主にウェブサイトにアップした写真を中心に公開しています。映える写真は目指さず、できるだけ見た目に近い写真を投稿しています。 原則、鍵アカはフォローバックしていません。
三浦半島産まれ・三浦半島育ち・三浦半島在住の編集人が、現地で実際に見て・聞いて・感じたリアルな姿を伝える、ローカルメディア
special feature temples & shrines 人気記事 2026横須賀&三浦 桜の名所・お花見スポット30選 2022.03.06 2026.02.18 2026逗子&葉山 桜の名所・お花見スポット10選 2022.03.08 2026.02.18 2026三浦半島 桜の名所・お花見スポット70選 2022.03.10 2026.02.18 鎌倉・鶴岡八幡宮の桜 開花状況&今後の見通し<全般的に咲きはじめ> 2026鎌倉 桜の名所・お花見スポット25選 2022.03.10 2026.02.18 miurahantou.jpローカルメディア「#三浦半島 日和 #横須賀 #三浦 #逗子 #葉山 #鎌倉 を深く知るためのガイドブック」のアカウントです。 現在は主にウェブサイトにアップした写真を中心に公開しています。映える写真は目指さず、できるだけ見た目に近い写真を投稿しています。 原則、鍵アカはフォローバックしていません。