ものの数え方一覧 | 助数詞一覧= ま行 - ま =
ものの数え方・助数詞の一覧です。このページは『ま行−ま』です。日本語(にほんご)には、数を表す語につけてその物の形や性質などを示す、助数詞と言われる接尾語がたくさんあります。「一棹(ひとさお)・二棹(ふたさお)」の「棹」、「一挺(いっちょう)、二挺(にちょう)」の「挺」などです。ここではその一部を紹介します。研究や学習にお使いの際は、辞典・専門書などでご確認ください。『みんなの知識 ちょっと便利帳』の一部です。
【知識】 「折」は、「進物や献上品などの数え方」として古文書に見られる。「折」は「台に載せたものの数え方」とされ、『日葡辞書(慶長八年・1603年)』に「Fitouori. ヒトオリ(一折) 果物その他食物をのせる丈の高い食卓〔膳〕とか、布、絹、紙などの折り重ねたものとかを数える言い方」と見られる。また、三保忠夫著「日本語助数詞の歴史的研究」によれば、『増補詳註用文章(明治三年・1870年)』には「鯛一折」「鮮魚一折」「海魚一折」などが見られ、また、「書礼調」「御家書」などの文献には「臺にのせたるを一折」と見られるとある。
『日葡辞書』は、1603年・慶長8年 [ ] に発行された、日本イエズス会宣教師の編による日本語・ポルトガル語辞典で、昭和55年・1980年に邦訳版が『邦訳 日葡辞書』として岩波書店から出版された。
- 【参考】薄田泣菫 「艸木虫魚」: 西日のあたった台所の板敷に、五、六本の松茸が裸のままでころがっている。
- 【参考】樋口一葉 「水のうへ日記」: 神戸の小林愛子から松茸を一籠送って来たので飯を 炊 ( た ) いて三人で食べました。
- 【参考】岡本綺堂 「叔父と甥と ――甲字楼日記の一節――」: この日、 額田六福 ( ぬかだろっぷく ) の郷里よりも霊前にとて松茸一籠を送り来る。
- 【参考】梶井基次郎 「過古」: 一本の燐寸の火が、 焔 ( ほのお ) が消えて炭火になってからでも、闇に対してどれだけの照力を持っていたか、彼ははじめて知った。
- 【参考】高浜虚子 「漱石氏と私」: そうして京都言葉で 喋々 ( ちょうちょう ) と喋り立てる老若男女に伍して一服の抹茶をすするのであった。
- 【参考】太宰治 「不審庵」: 茶会というものは、ただ神妙にお茶を一服御馳走になるだけのものかと思っていたら、そうではない。
- 【参考】上村松園 「棲霞軒雑記」: 制作につかれると私は一服の薄茶をたててそれをいただく。
- 【参考】矢田津世子 「女心拾遺」: 老夫人の点てた末茶を一服喫んでから、洋服に着換えていつものように九時十分前に玄関へ降りた。
- 【参考】岡本かの子 「食魔」: そのお弁当を二つも貰って食べ抹茶も一服よばれたのち、しばらくの休憩をとるため、座敷に張り 廻 ( めぐ ) らした紅白だんだらの 幔幕 ( まんまく ) を向うへ 弾 ( は ) ね潜って出る。
- 【参考】泉鏡花 「ピストルの使い方 ――(前題――楊弓)」: 襟裏の 紅 ( くれない ) のちらめくまで、 衣紋 ( えもん ) は着くずれたが、合わせた 褄 ( つま ) と 爪尖 ( つまさき ) は、松葉の二針 相合 ( あいがっ ) したようにきりりとしている。
- 【参考】 吉川英治 「宮本武蔵 四巻 霧風(むふう)」: ゆえに彼の剣が空間に描く光をよく気をつけてみると、必ず、その迅い光は松葉のように一根二針の筋をひいて走ってはすぐ返して敵を刎ね上げている。
- 【参考】芥川龍之介 「追憶」: 新しい僕の家の庭には 冬青 ( もち ) 、 榧 ( かや ) 、 木斛 ( もっこく ) 、かくれみの、 臘梅 ( ろうばい ) 、八つ手、五葉の松などが植わっていた。僕はそれらの木の中でも特に一本の臘梅を愛した。が、五葉の松だけは何か無気味でならなかった。
- 【参考】夢野久作 「一足お先に」: 夜具を畳んだままの寝台の上に、私の松葉杖が二本とも並べて投げ出してある。
- 【参考】中里介山 「大菩薩峠 お銀様の巻」: 第三番は小森蓮蔵——これもまた 手練 ( てだれ ) なもので、同じように三枚の的を打ち砕いてしまいました。
- 【参考】折口信夫 「まといの話」: 火消役のまといには、家々の定紋を押していたが、町人の手に移ってからは、組々の印を明らかに見せる為、かの多面体の張り籠が工夫せられたので、六十四本の中、竿頭にだしとしてつけた物には籠を想化し、又は籠其物を使うた物が多い。
- 【参考】太宰治 「春」: 敵機が去ってから、もの音のした方へ行って見ると、やっぱり、三畳間の窓ガラスが一枚こわれていました。
- 【参考】石川啄木「病院の窓」: 明確 ( さだか ) ならぬ顔立の中に、瞬きもせぬ一双の眼だけが遠い空の星の様。
- 【参考】夏目漱石「幻影の盾」: 彼の 眼 ( まなこ ) の奥には又一双の 眼 ( まなこ ) があって重なり合っている様な光りと深さとが見える。
- 【参考】太宰治 「おさん」: 配給のお豆を一粒、土にうずめて水をかけ、それがひょいと芽を出して、
- 【参考】魯迅 井上紅梅訳 「風波」: 彼の孫娘の 六斤 ( ろくきん ) はちょうど、一掴みの煎り豆を握って真正面から馳け出して来たが、
- 【参考】長塚節 「開業醫」: 或晩酒保から源氏豆を一袋買って來ておいて消燈後に二三人で噛った。
- 【参考】坂口安吾 「清太は百年語るべし」: 往昔とつくにの曠野に一匹の魔物が棲んでおりました。人里もなく森林もなく徒らに不毛の曠野がつづくばかりで、
- 【参考】泉鏡花 「竜潭譚」: とある 蒔絵 ( まきえ ) ものの手箱のなかより、 一口 ( ひとふり ) の 守刀 ( まもりがたな ) を 取出 ( とりだ ) しつつ 鞘 ( さや ) ながら 引 ( ひき ) そばめ、
- 【参考】佐々木味津三 「右門捕物帖 闇男」: ぱらり、下へ散ったものがある。水天宮さまのが一枚、 蛸薬師 ( たこやくし ) のが一枚、浅草観音のが一枚、お祖師さまのが一枚。どれももったいなや、お守り札なのです。
- 【参考】坂口安吾 「古都」: 人々は忽ち悟るのであつたが、何人が 曾 ( かつ ) て親爺に同情を寄せたであらうか。一片の感傷を知り、一本の眉をしかめる人すらもなかつたのだ。否、むしろ、その宿命が当然だ、と、人々は思ひ込んでゐたのであらう。
- 【参考】野口米次郎 「能楽論」: 小面には細長い目の上に、ずつと離れた一対の眉が附き、割りに太い低いどつしりと坐つた鼻だ……
- 醫者はコツ/\と胸を叩き、ボコ/\と腹を叩いてみてさうして予の寢臺を見捨てゝ行く。彼は未だかつて予に對して眉毛の一本も動かしたことがない。予も亦彼に對して一度も 哀憐 ( あはれみ ) を乞ふが如き言葉を出したことがない。
- 【参考】嘉村礒多 「途上」: 教場で背後から何ほど鉛筆で 頸筋 ( くびすぢ ) を突つつかれようと、靴先で 踵 ( かゝと ) を 蹴 ( け ) られようと、眉毛一本動かさず 瞬 ( またゝ ) き一つしなかつた。
- 【参考】佐藤垢石 「岩魚」: 樹々の梢が芽吹く季節は、一年中で最も快い。賢彌は、走る乗合自動車の窓から北方を眺めた。視線の届くところに、翁の眉毛のように幾筋もの白い残雪を、山襞に輝やかした谷川岳が間近に高く聳えていた。
【知識】 「一足」は、『蹴鞠』の「鞠」の数え方で、 蹴る回数としても使われ、 権大納言山科言継 ( ごんだいなごんやましなときつぐ ) によって書かれた日記『 言継卿記 ( ときつぐきょうき ) (1527年〜1576年)』や、『和漢音釈書言字考節用集(元禄11年・1698年)』などに見られる。『日葡辞書』には、「足で鞠を蹴る回数を数える言い方」とある。(『邦訳 日葡辞書(岩波書店)』より。『日葡辞書』は、1603年・慶長8年 [] に発行された、日本イエズス会宣教師の編による日本語・ポルトガル語辞典)
『 言継卿記 ( ときつぐきょうき ) (弘治三年〈1557年〉一月廿十九日)』「次又三条亜相へ罷向、鞠一足有之、」 ※ 「マリンジェット」は登録商標- 【参考】夏目漱石 「永日小品」: 巡査は台所へ廻った。そこで 妻 ( さい ) を 捉 ( つら ) まえて、 紛失 ( ふんじつ ) した物を手帳に書き付けている。 繻珍 ( しゅちん ) の丸帯が一本ですね、――丸帯と云うのは何ですか、丸帯と書いておけば解るですか、そう、それでは繻珍の丸帯が一本と、それから……
- 【参考】樋口一葉 「にっ記」: 二重 緞子 ( どんす ) の丸帯一すじ、緋色の博多織の帯地の片側と 繻珍繻子 ( しゅちんしゅす ) の片側、縮緬の 袷衣 ( あわせ ) 二つ、 糸織 ( いとおり ) 一つで、「その値でいい」と約束しました。
- 【参考】木暮理太郎「木曾駒と甲斐駒」: 漸く瀑の音が近付いて尾白川に出た、一本の丸木橋が架けられてある、水面からかなり高い、これは馬乗になって渡った。
- 【参考】宮崎湖処子「空屋」: そのやや上流に架けたる 独木橋 ( まるきばし ) のあたり、ウド 闇 ( ぐら ) き柳の 蔭 ( かげ ) に一軒の小屋あり
- 【参考】梅崎春生 「Sの背中」: こないだあそこの 独木橋 ( まるきばし ) を、調子をつけてひょいひょいと渡ったわよ
- 【参考】織徳富蘇峰「将来の日本」: これを例するにあたかも 独木橋 ( まるきばし ) をば両岸より渡るがごとく、たがいに相接近するに従い、その勢いいよいよ両立するあたわず。
- 【参考】林不忘「巷説享保図絵」: その 寂然 ( じゃくねん ) としているのがかえって恐ろしくなって、いそいで、そこにかけてある 独木橋 ( まるきばし ) を渡りかけた。
- 【参考】芥川龍之介 「老いたる素戔嗚尊―」: 林の外は切り岸の上、切り岸の下は海であつた。彼は其処に立ちはだかると、眉の上に手をやりながら、広い海を眺め渡した。海は高い浪の向うに、日輪さへかすかに 蒼 ( あを ) ませてゐた。その又浪の重なつた中には、見覚えのある 独木舟 ( まるきぶね ) が一艘、沖へ沖へと出る所だつた。
- 【参考】太宰治 「竹青 ――新曲聊斎志異――」: 帆も 楫 ( かじ ) も無い丸木舟が一 艘 ( そう ) するすると岸に近寄り、魚容は吸われるようにそれに乗ると、その舟は、 飄然 ( ひょうぜん ) と 自行 ( じこう ) して漢水を下り、
- 【参考】与謝野寛、与謝野晶子 「巴里より」: 何 ( ど ) の 小舟 ( サンパン ) にも赤い帽と赤い 腰巻 ( サロン ) 及び白い目と白い歯が光つて居る。中に一 片 ( ぺん ) の丸木船に 杓子 ( しやくし ) の様な短い櫂を取つて乗つて居る丸裸の 黒奴 ( くろんぼ ) が 趺坐 ( あぐら ) をかき 乍 ( なが ) ら縦横に舟を乗廻して 頻 ( しき ) りに手真似で 銭 ( ぜに ) を海中に投げよと云ふ。
- 【参考】芥川龍之介 「北京日記抄」: 僕等のはいりし掛茶屋を見るも、まん中に一本の丸太を渡し、男女は断じて同席することを許さず。女の子をつれたる親父などは女の子だけを向う側に置き、自分はこちら側に坐りながら、丸太越しに菓子などを食わせていたり。
- 【参考】宮沢賢治 「風の又三郎」: 一郎はさきにたって小さなみちをまっすぐに行くと、まもなくどてになりました。その土手の一とこちぎれたところに二本の丸太の棒を横にわたしてありました。
- 【参考】高村光雲 「佐竹の原へ大仏をこしらえたはなし」: 千住の大橋で真中になる丸太を四本、お祭の 竿幟 ( のぼり ) にでもなりそうな素晴しい丸太を一本一円三、四十銭位で買う。
- 【参考】織田作之助「勧善懲悪」: 断り無しに持って来た荷物を売りはらった金で、人力車を一台 購 ( か ) い、長袖の 法被 ( はっぴ ) に 長股引 ( ながももひき ) 、黒い 饅頭笠 ( まんじゅうがさ ) といういでたちで、南地溝の側の 俥夫 ( しゃふ ) の溜り場へのこのこ現われると、そこは 朦朧俥夫 ( もうろうしゃふ ) の巣で、たちまち丹造の眼はひかり、彼等の気風に染まるのに何の造作も要らなかった。
- 【参考】田山花袋「父の墓」: 停車場 ( ステーシヨン ) から町の入口まで半里 位 ( ぐらい ) ある。堤防になっている二 間 ( けん ) 幅 ( はゞ ) の 路 ( みち ) には、 櫨 ( はぜ ) の大きな並木が涼しい 蔭 ( かげ ) をつくって 居 ( い ) て、車夫の 饅頭笠 ( まんじゅうがさ ) が 其間 ( そのあいだ ) を縫って走って行く。小石が出て 居 ( い ) るので、車がガタガタ鳴った。
- 【参考】種田山頭火「其中日記(十五)」: 散歩の途上、早咲の曼珠沙華を見つけて、二三本頂戴する、机上らんまん、妖婦のような花だ。
- 【参考】種田山頭火「行乞記 仙崎」: 曼珠沙華が一輪、路傍の叢に咲き出ていた、折って戻って、机上に飾っていたら、油虫が食べてしまった。
- 【参考】宮沢賢治「畑のへり」: どうしてどうしてまあ見るがいゝ。どの幽霊も青白い髪の毛がばしゃばしゃで歯が七十枚おまけに足から頭の方へ青いマントを六枚も着ている
- 【参考】太宰治「おしゃれ童子」: マントを三種類つくりました。一枚のマントは、 海軍紺 ( ネビイブルウ ) のセル地で、 吊鐘 ( つりがね ) マントでありました。
- 【参考】小栗虫太郎「夢殿殺人事件」: そして、礼盤の突当りに掲げてある、「五秘密曼陀羅」の一幅を記せば、配置の説明の全部が終るのである。
- 【参考】桑原隲蔵「大師の入唐」: 大師は供奉丹青博士の李眞らに依頼して、大曼荼羅十鋪を作らしめ、また供奉鑄博士の楊忠信らに依頼して、佛具十五事を作らしめた。
- 【参考】永井荷風 「黄昏の地中海」: 其の女が人の妻ならば夜の窓にひそんで一挺のマンドリンを弾じつゝ、Deh, vieni alla finestra, O mio tesoro!(あわれ。窓にぞ来よ、わが君よ。モザルトのオペラドンジヤンの歌)と 誘 ( いざな ) い給え。
- 【参考】太宰治 「春の盗賊」: はじめから、おれが、ただで、この万年筆をさしあげること、はじめっから信じていてくれたんですね。ああ、疑わない人は、とくをする。さあ、さし上げましょう、三本。一本は、お父さんに。一本は、お母さんに。
- 【参考】海野十三 「海野十三敗戦日記」: 万年筆一本、ナイフ一挺、メモ一冊なくなっても不便この上ないわけ。われわれの生活様式も一段と工夫を積まねばならぬ。