八鹿高校事件の犯人/丸尾良昭の現在!被害者や裁判の判決などその後もわかりやすく解説
八鹿高校事件の犯人/丸尾良昭の現在!被害者や裁判の判決などその後もわかりやすく解説

八鹿高校事件の犯人/丸尾良昭の現在!被害者や裁判の判決などその後もわかりやすく解説

八鹿高校の教職員約60名を監禁し約13時間にわたりリンチを加えた八鹿高校事件は、部落解放同盟による事件でした。八鹿高校事件の詳細や被害者、犯人の丸尾良昭について、マスコミの動きや裁判の判決、その後の映画化や事件後の現在をまとめました。

・「差別のことを考えたらお前らの命なんて大したことはない」という怒号 ・頭や顔、腹部、腰を蹴る ・肩を踏みつける ・頭髪を引っ張り、「折ったろか」と言いつつ腕をねじ上げる ・バケツを頭にかぶせてガンガン叩き「殺したろか」と言う ・ハンドマイクを耳元に当てて怒鳴り、水をかけ、腹を踏みつける ・雑巾バケツや汚水を無理やり口の中に注ぐ ・往復ビンタをする ・メリケンサックで殴る ・火のついたタバコを顔に押し付ける ・無理に自己批判書を書かせて、それを自分の意思で書いたと認めさせれ鵜 ・手を机に押さえつけ、左手の小指めがけて椅子を打ち下ろす ・女性4人で取り囲んでリンチを加える ・女性教師に冷水をバケツで浴びせて投げ飛ばす ・女性教師に暴行を加えて、両脇を抱えられて吊るされて、身体中を触る ・女性教師のタイツを脱がせようとして、無理に自己批判書を書かせる ・出産後の女性教師を下着一枚で乳房を出した状態にする

13時間後に解放、警察は頼りにならず

八鹿高校の教職員は、約13時間も監禁されリンチを受け続けていましたが、注目すべき点は 教職員は「解放された」のであり、警察に「救出」されたわけではありません。

また、下校していた生徒たちは教員たちがリンチを受けていることを知り、 救出を求める町内デモを行い、教師救出に尽力 しました。

八鹿高校事件の被害者

八鹿高校事件の被害者は、 八鹿高校の教職員57名 です。

八鹿高校事件の犯人の代表:丸尾良昭

八鹿高校事件の 犯人の代表格が丸尾良昭 です。丸尾良昭は1941年8月1日に 兵庫県朝来郡中川村の被差別部落に生まれます。

それ以降、丸尾が 部落民であることが職場にも知れ渡って独立し、部落解放運動にのめり込んでいく ことになりました。そして、急進化していき、1973年に但馬地方に部落解放同盟支部が作られると、その中で丸尾派を作り、暴力を用いて解放運動を行っていったのです。

八鹿高校事件でレイプもしていた!?

なぜなら、 丸尾良昭は八鹿高校事件は女子高生をレイプしていた疑惑がある のです。

八鹿高校事件はマスコミは報じなかった

この事件は部落解放同盟中央本部や日教組本部、全共同、日本社会党が「暴力はなかった」と発表していました。 部落解放同盟はタブー&アンタッチャブルな存在 だったこともあり、あまり扱いませんでした。

この 事件発生当時は兵庫県内の地方版に小さく掲載されただけ でした。しかも、社会面ではなく、読者向けの欄でした。これだけで、マスコミの扱いの異常性がわかります。さらに、朝日新聞は11月29日になって初めてこの八鹿高校事件を報じました。これは、11月28日に警察庁が44人の負傷者がいたことを認めたためです。

八鹿高校事件の裁判と判決

八鹿高校事件では、数百名の部落同盟員たちがこの日の監禁・リンチに参加していました。八鹿警察署署長や八鹿高校校長なども逮捕されましたが、 起訴・有罪になったのは13名のみで、不起訴者は177名 にも上りました。

・9月8日~9日:元津事件 ・10月20日~10月26日:橋本哲朗宅・木下元二議員包囲事件 ・10月25日:生野駅・南真弓公民館事件 ・10月26日:新井駅事件・青倉駅前事件 ・10月27日:大藪公会堂事件

有罪になった13名もこれだけの監禁・リンチという罪を犯したのに、ほかの事件も一括起訴されたのに、 判決はかなり軽いもの でした。

・丸尾良昭:懲役3年執行猶予4年

・尾﨑龍:懲役2年執行猶予3年

・安井千明:懲役2年執行猶予3年

・安井義隆:懲役2年執行猶予3年

・坂本逸雄:懲役2年執行猶予3年

・杉田邦夫:懲役1年6ヶ月執行猶予3年

・石田常夫:懲役1年執行猶予3年

・尾崎文雄:懲役1年執行猶予3年

・安井辰雄:懲役1年執行猶予3年

・植村勝美:懲役10ヶ月執行猶予2年

・木戸口英樹:懲役10ヶ月執行猶予2年

・大垣政次:懲役8ヶ月執行猶予2年

・坂本修一:懲役6ヶ月執行猶予2年

八鹿高校事件のその後:映画化された

八鹿高校事件は記録がほとんど残っていません。アンタッチャブルな事件で、当時のマスコミは取材しなかったこともありますが、数少ない記録は警察が没収したからです。 部落解放同盟が記録用に撮影した事件当日のビデオは、警察が没収 しています。

そのため、八鹿高校事件を後世に伝えるという意味でも、 1975年に『八鹿高校事件原告団「映画・八鹿高校事件』を兵庫県高等学校教職員組合但馬支部が作成 しました。

八鹿高校事件の現在①:丸尾はNPO法人代表

八鹿高校事件の犯人である丸尾良昭は、懲役3年執行猶予4年の判決となりました。それから、部落解放同盟からは除名されているものの、部落解放の活動を続けていて、 丸尾良昭は現在NPO法人の代表 を務めています。

八鹿高校事件の現在②:八鹿高校側の正当性が認められているが・・・

・暴力はなかった ・暴力はあったけれど、被害者側が悪い ・暴力はあったかもしれないけれど、被害者のせい ・むしろ部落解放同盟が暴力の被害者

しかし、 八鹿高校では適切な同和教育・解放教育が行われていたと認定 されました。民事の最高裁で「少なくとも部落差別を助長するような差別教育ではなかったことは明らか」と判例が出ています。

八鹿高校事件のまとめ

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