なつのさんシリーズ『道連れ岬』|【7】洒落怖名作まとめ【シリーズ物】
なつのさんシリーズ『道連れ岬』|【7】洒落怖名作まとめ【シリーズ物】

なつのさんシリーズ『道連れ岬』|【7】洒落怖名作まとめ【シリーズ物】

2chオカルト板の「洒落にならない怖い話スレ」に投稿された怖い話の中から有名なシリーズ物を厳選して掲載しています。ここでは『道連れ岬』を収録しています。

深夜十一時。僕とSとKの三人はその夜、地元では有名なとある自殺スポットに来ていた。 僕らの住む町から二時間ほど車を走らせると太平洋に出る。 そこから海岸沿いの道を少し走ると、 ちょうどカーブのところでガードレールが途切れていて、崖が海に向かってぐんとせり出している場所がある。 崖から海面までの高さは、素人目で目測して五十メートルくらい。 ここが問題のスポットだ。 もしもあそこから海に飛び込めば、下にある岩礁にかなりの確立で体を打ち付けて、 すぐに天国に向けてUターンできるだろう。 そしてここは、実際にたびたびUターンラッシュが起きる場所でもあるらしい。 『道連れ岬』 それがこの崖につけられた名前だった。

僕らは近くのトイレと駐車場のある休憩箇所に車を停め、歩いてその場所に向かった。 「そういやさ。何でここ『道連れ岬』って言うんかな?」 僕は崖までのちょっとした上り坂を歩きながら、今日ここに僕とSを連れて来た張本人であるKに訊いてみた。 「シラネ」 Kはそう言ってうははと笑う。Sはその隣であくびをかみ殺していた。 「まあ、でもな。噂だけどよ。ここに来ると、なんか無性に死にたくなるらしいぜ?」 「どういうこと?」 「んー、俺が聞いた話の一つにはさ。 前に、俺たちみたいに三人で、ここに見物しに来た奴らがいたらしい。 で、そいつらの中で、一人が突然変になって、崖から飛ぼうとしたんだとよ。 で、それを止めようとしたもう一人も、巻き添え食らって落ちちまった」 「ふーん」 「……巻き込まれたやつはいい迷惑だな」 Sがかみ殺し損ねたあくびと一緒に小さくつぶやく。眠いのだろう。 ちなみに、ここまで運転してきたのはSだ。 そういうスポットに行くときはいつも、オカルトマニアのKが提案し、僕が賛同し、Sが足に使われるのだった。 「いや、実際いい迷惑どころじゃねーんだよな。実際死んだの、その止めに入ったやつ一人らしいし」 「はい?」と言ったのは僕だ。 だってそれは理不尽と感じるしかない。飛ぼうとした人じゃなくて、止めに入った人だけ死ぬなんて。 「詳しいことはそんなしらねえけどさ。多いらしいぜ、同じような事件」 「ふーん」と僕。 「……その同じような事件ってのは、どこまで同じような事件なんだ?」 興味がわいたのか、Sが訊く。 「うはは、シラネ。あんま詳しく訊かなかったからなあ……お、そこだよ」 話しているうちに、僕らはカーブのガードレールが途切れている箇所まで来ていた。 そこから先は、僕らの乗ってきた軽自動車が横に二台ギリギリ停まれる程のスペースしかない。 近くに外灯があったけれど、電球が切れかけているのか、中途半端な光量が逆に不気味さを演出していた。 ざん、と下のほうで波が岩を打つ音が聞こえる。 「誰もいねーな」 Sは心底つまらなそうだ。 「ま、他の噂だと、崖の下に何人も人が見えるだとか、手が伸びてくるだとか……」 と言いながら、Kがガードレールをまたぐ。 ガードレールの向こう側は安全ロープなども一切張っておらず、確かに『どうぞお飛びください』といった場所ではある。 「ちょ、おい。K、危ないって。いきなり飛びたくなったらどうするんだよ」 僕の忠告を無視し、Kは崖のふちに立って下を覗き込む。 「おー、すげーすげー」 この野郎め、そのまま落ちてしまえばいいのに。 「死にたくなったら一人で飛べよ」 Sはそう言って、崖に背を向ける形でガードレールに腰掛け、車から持ってきたジュースの入ったペットボトルに口をつけた。 僕はというと、どうしようかと迷った挙句、一応ガードレールを乗り越えて、何かあったときにすぐ動けるよう待機しておく。

しばらくして、じろじろと海を覗き込んでいたKが立ち上がった。 「うーん、何もねーなー。なあ、ところでお前らさ、今、死にたくなったりしてるか?」 どんな質問だよと思いながらも、僕は「別に」と首を横に振る。 SはKに背を向けたままで、「死ぬほど帰りてえ」と言った。 Kが自分の右手にしている腕時計で時間を確認する。 「えーでもよー。ここまで来て何も起こらないまま帰るってのもなー。……なあ、もうちょっと粘ってみようぜ」 「一人で粘っとけよ」 「冷たいこと言うなよSー。俺とお前の仲じゃんかー、ほら、暇なら星でも見てろよ」 「死にたくなれ」 漫才コンビは今日も冴えている。 と言うわけで。僕らは二十分という条件付で、もう少しだけここで起きるかもしれない『何か』を待つことになった。

「やべ……、俺ちょっくらトイレ行ってくるわ」 十分くらいたったとき、Kがそう言って立ち上がり、車を停めた休憩所に向かって歩いていった。 隣を見ると、Sは先ほどから目を閉じたままピクリとも動かない。 僕はまた空を見上げた。先ほどKが言っていた、この崖にまつわる話をふと思い出す。 この崖に来ると無性に死にたくなると言うのは本当だろうか。今のところ自分の精神に変わりはない。 「『道連れ岬』って言うんだろ……ここ」 突然隣から声がしたので、Sの声だとはわかっていても僕は驚いて実際腰が浮いた。 「何?いきなりどうしたん?」 「いや、ちょっとな」 近くにある外灯の光が、Sの表情をわずかに照らす。Sはいまだ目を開いてなかった。 「さっきKが言ってたろ。一人が飛ぼうとして、二人が落ちて、一人が死んで……、なんかしっくりこなくてな。考えてた」 「で、分かった?」 「さあ、分からん。 ただの尾ひれのついた噂話か……。そもそも、全部が超常現象の仕業っつーなら、俺が考えなくとも良いんだがな」 「うん」 Sが何に引っかかっているのか分からなかったので、適当に返事をする。 Sはそれ以降何も言わなくなった。本当に眠ってしまったのかも知れない。

しばらくたって、誰かの足音に僕は振り返った。Kだ。Kが坂の下からこちらに歩いてきていた。 大分長いトイレだったような気がする。僕はKが来たら『もうそろそろ帰ろう?』 と提案する気でいた。

しかし、歩いてくるKの様子に、僕は、おや、と思う。 Kはふらふらとおぼつかない足取りだった。どことなく様子がおかしい。僕は立ち上がった。 「おーい、K、どうした?」 僕の声にもKは反応しない。俯いて、左右に揺れながら歩いてくる。 「お、おい……」 Kは僕らのそばまで来ると、黙ってガードレールを跨ぎ、僕とSの横を通り過ぎた。 表情はうつろで、その目は前しか見ていない。 三角定規の形をした崖の先端。そこから先は何もない。 Kは振り向かない。悪ふざけをしているのか。Kの背中。崖の先に続く暗闇。海。 何かがおかしい。その瞬間、体中から脂汗が吹き出た。 「おいKっ!」 僕はKを引き戻そうと手を伸ばした。けれど、Kに近寄ろうとした僕の肩を誰かが強くつかんだ。 振り返る。Sだった。 「やめろ」 Sの声は冷静だった。 「でもKが!」 「あれはKじゃない」 「……え?」 Sの言葉に、僕は崖の先端に立ちこちらに背を向けている人物を見つめた。 今は後姿だが、あれはどう見たってKだ。先まで一緒にいたKだ。 「今は何時だ?」 Sが僕に向かって言う。その額にも脂汗が浮かんでいた。 「答えろ。今は何時だ?」 Sは真剣な表情だった。僕はわけが分からなかったが、自分の腕時計を見て「……十一時、四十分」と言った。 「だろう。だったら、あれはKじゃない」 僕はSが何を言っているのか分からず、かといって僕の肩をつかむSの腕を振りほどくこともできず、 ただ、目の前のKらしき人間を凝視する。 あれはKじゃない? じゃあ、誰だというのだ? 時間がどうした? あいつがKだと思ったから伸ばした僕の腕。開いていた掌。 迷いと混乱と疑心によって、僕はいったん腕を下ろした。 その時、目の前のそいつが振り向いた。首だけで、180度ぐるりと。 そいつは笑っていた。顔の中で頬だけが歪んだ気持ち悪い笑み。Kの顔で。 その笑みで僕も分かった。あれはKじゃない。 そいつは僕とSに気持ち悪い笑みを見せると、そのまま首だけ振り向いたままの姿勢で……飛んだ。 「あ、」 僕は思わず口に出していた。 頬だけで笑いながら、そいつはあっという間に僕らの視界から消えた。 何かが水面に落ちる音はしなかった。 「……飛んだ」 僕はしばらく唖然としていた。口も開きっぱなしだったと思う。 突っ立ったままの僕の横を抜けて、Sが数十メートル下の海を覗き込んだ。 「何もいねえな。浮かんでもこない」 僕は何も返せない。Sはそんな僕の横をまた通り過ぎて。 「おい、いくぞ。……Kは大丈夫だ」 そう言ってガードレールを跨ぎ、車を停めた休憩所への下り坂を早足で降り始めた。 僕もそこでようやく我に帰り、崖の下を覗くかSについていくか迷った挙句、急いでSの後を追った。 「S、S!警察は?」 「まだいい」 Sは休憩箇所まで降りると、車を通り過ぎ、迷うことなく男子トイレに入った。僕も続く。 トイレに入った瞬間、僕ははっとする。 洗面所の鏡の前で、Kがうつ伏せで倒れていた。 急いで駆け寄る。Kはぐうぐう眠っていた。気絶していたと言ってあげた方がKは喜ぶだろうが。 僕はKがそこにいることがまだ信じられないでいた。 例えKじゃなくても、ついさっきKの形をしたものが確かに崖から飛んだのだ。 「おいこらK」 Sが屈み込み、寝ているKの右側頭部を軽くノックする。三度目でKは目覚めた。 「いて、何。ん……、ってか、うおっ!?ここどこだ!」 Kだ。まぎれもなく、これはKだ。僕は確信する。 急に、どっと安堵の気持ちが押し寄せてきて、僕は上半身だけ起こしたKの背中を一発蹴った。 「いってっ!え、何?俺か?俺が何かした?」 何かしたも何も、僕はKに何と説明したら良いものか考えて、結局そのまま言うことにした。 「Kが、……いや。Kにそっくりなやつが、僕らの目の前で崖から飛んだんだ」 Kは目をパチパチさせ。 「はあ?……うそっ!?マジかよ俺死んだの!?やっべ、すっげー見たかったのにその場面!」 Kだ。こいつはまぎれもなくK過ぎるほどKだ。あきれて笑いが出るほどだった。 「おい、お前ら。帰るぞ」 Sが言った。 「ええ?そんな面白いことあったんだったらまだ居ようぜ。俺だけ見てないの損じゃん!」 「うるせー。二十分は経った。俺は帰る。俺の車で帰るか、ここに残るかはお前ら次第だ」 そう言ってSはトイレから出て行こうとした。 けれど何か思い出したように立ち止まり、「ああ、そうだ。忘れてた」と独り言のように呟くと、 つかつかと洗面台の前に戻ってきた。 「ビシッ」 深夜のトイレ内に異様な音が響いた。 Sが手にしていたペットボトル。Sはその底を持ち、一番硬い蓋の部分を、まっすぐ洗面所の鏡に叩きつけたのだ。 蜘蛛の巣状に白い亀裂の入った鏡は、もう誰の顔も正常に写すことはない。 僕とKは石のように固まっていた。 Sは平然とした顔で鏡からペットボトルを離すと、僕ら二人に向かってもう一度「ほら、帰るぞ」と言った。 僕とKは黙って顔を見合わせ、Sの命令に従って、急いでトイレを出て車に乗り込んだ。

帰り道。後部座席で色々と騒いでいたKが、いつの間にか寝ているのに気づいた後、僕はそっとSに訊いてみた。 「なあ。Sは、どうしてあれがKじゃないって分かったん?」 「あれってどれだ」 「僕らの目の前で飛んだ、Kそっくりな奴」 「ああ」 「……顔も、服装も、体格も、絶対あれはKだったと思う。どこで見分けたんかなあ、って思ってさ」 するとSはハンドルを握っている自分の左手首を指差し、 「あいつの時計がな、左手にしてあったんだ」と言った。 「いつもKは右手に時計をつける。今日もそうだった」 「はあ」 「だから、おかしいと思って注意して見てみた。そしたら、文字盤が逆さだった。一時二十分。そんだけだ」 十一時四十分。一時二十分。鏡合わせ。 「そうか。だから鏡を割ったんだ」 「……ん?ああ、いや。ありゃただの鬱憤晴らしだ。やなモン見たしな」 「はああー……」 Sは鬱憤晴らしなどする様な奴ではないが、まあそれはいいとしよう。

しかしまあSよ。お前は一体どんな観察力してんだ、と僕は思う。 普通だったら気づかない。そんなところには目もいかない。絶対に。 その証拠に、僕はあいつがKじゃないと分からなかった。 「でも、本当に警察呼ばなくて良かったんかな?」と僕が言うと、Sは首を横に振った。 「俺らは何も見なかった。Kは死んでない。それでいいだろ」 確かに、それでいいのかもしれない。Sに言われると、そんな気がしてくるから不思議だ。 それに、きっと死体は出ない気がする。あくまで僕のカンだけれど。 「しかしなあ。もしかすると、あのまま手を伸ばしていたら、お前。逆に引っ張り込まれてたかもな」 何気ない口調でSは恐ろしいことを言う。僕は一気に背筋が凍りついた。 「道連れ岬とはよく言ったもんだ」 そう言ってSは大きなあくびをした。 後ろでKが何か意味不明な寝言を言った。僕はぶるっと一回体を震わした。 生きててよかった。 「……そういや、俺今めっちゃ眠いんだけどよ。これ事故って道連れになったらごめんな」とSが言った。 たぶん冗談だろうが、僕はうまく笑えなかった。 Sの運転する車は僕らの住む町を目指して、深夜、人気のない道を少しばかり蛇行しながら走るのだった。