夏の思い出( 江間章子)& 花の街 の歌詞にどんな思いがあるのか解説します
夏は、太陽の光が降り注ぎ、心躍るような特別な季節。誰もが心の中に、きらめく夏の思い出を大切にしまっているのではないでしょうか。私にとっての子供の頃の夏は、地域の盆踊り、お祭り。長く感じられた夏休みは、ギラギラ照り付ける太陽と騒がしいセミの声でいっぱい。周りの大人たちも、何気に日に焼けていて、暑さと闘っているように見えま
江間章子は幼少のころ岩手山の近くに住んでいたが、そこは水芭蕉(ミズバショウ)の咲く地域だった。そして 1944年(昭和19年)、たまたま尾瀬を訪れたそうです。そこで目にしたのが、一面に咲き乱れるミズバショウだったのでのです。そのときの気持ちを「夢心地」とのちに表現しています。 戦後すぐの1947年(昭和22年)、NHKから「夢と希望のある歌をお願いします」と依頼された。思い浮かんだのが尾瀬の情景だった。その時の感動を詩にしたのが「夏の思い出」でありました。
【しかし、こんなコメントが多かったのはなぜ?】
※歳時記 には俳句の季語が掲載されており、 ミズバショウは夏の季語 である。文学上の季節と実際の季節には、少しずれがある。また ※二十四節気 においても 夏にあたる。 NHK は、“家庭で歌える流行歌を独自に作ろう”という趣旨で始まった戦前の「国民歌謡」などの流れを継承した番組を、終戦後「ラジオ歌謡」として登場させたのでした。
※歳時記 ….「四季の事物や年中行事などをまとめた書物」のことですが、 「俳句の季語を集めて分類し、季語ごとに解説や例句を加えた書物」 のことでもあります。
※二十四節気 ….1年を春夏秋冬の4つの季節に分け、 さらにそれぞれを6つに分けた24の期間 のことです。
夏の思い出の歌詞1,夏が来れば 思い出す はるかな尾瀬 遠い空 霧の中に うかび来る やさしい影 野の小道 みずばしょうの花が咲いている 夢見て咲いている 水のほとり しゃくなげ色に たそがれる はるかな尾瀬 遠い空2,夏が来れば 思い出す。 はるかな尾瀬 野の旅よ 花の中にそよそよと ゆれゆれる 浮き島よ みずばしょうの花が 匂っている 夢見て匂っている みずのほとり 眼(まなこ)つぶれば 懐かしい はるかな尾瀬 遠い空
花の街 花の街の込められた思い「花の街」は空想上の街だったのです。 「七色の谷を越えて 流れて行く 風のリボン 輪になって 輪になって かけて行ったよ 春よ春よと かけて行ったよ」と美しい、平和な街のなってほしいと願いが込められていたのです。
長く中学の授業でも歌われたこの曲について、作詞した江間章子さんは音楽の教科書でこう記していたようです。 「戦争が終わり、平和が訪れた地上は瓦礫(がれき)の山と一面の焦土に覆われていました。その中に立った私は夢を描いたのです。ハイビスカスなどの花が中空に浮かんでいる平和という名から生まれた美しい花の街を」と。
花の街の歌詞1.七色の谷を越えて 流れてゆく 風のリボン輪になって 輪になって かけて行ったよ春よ春よと かけて行ったよ2.美しい海を見たよ あふれていた 花の街よ輪になって 輪になって 踊っていたよ春よ春よと 踊っていたよ3.すみれ色してた窓で 泣いていたよ 街の角で輪になって 輪になって 春の夕暮れ一人さびしく 泣いていたよ
まとめ:「夏の思い出」「花の街」は日本の復活をめざした歌だった
「夏の思い出」で描かれる尾瀬の壮大な自然は、日本の夏の象徴として多くの人に愛され、ノスタルジーを掻き立てます。一方、「花の街」では、身近な風景の中に息づく小さな命の輝きや、穏やかな時間の流れが、優しい言葉で紡ぎ出されています。
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2024年から、当ブログ「ハートフルリズム」で音楽に関する情報を発信しています。 子供の頃から音楽が好きだったのですが、決して得意ではなかったです。 ピアノを習っていましたが、さほど練習もせず気まぐれに弾いていました。 ただ「音楽は心に響くというか、心の友である」と確信して現在に至っています。 このブログでジャンルを問わず、素敵な曲を発信していきたいと思っています。