萬福寺。横浜市南区大岡にある高野山真言宗寺院
雨寶山萬福寺。横浜市南区大岡にある高野山真言宗寺院の雨寶山萬福寺の縁起と所蔵の文化財を新編武蔵風土記稿等からの引用を交えて紹介。
萬福寺 位置及寺格 萬福寺は、雨寶山瑠璃院と號し、中區大岡町字、谷戸ノ前千五百九十八番地にある。境内は百九十坪。民有宅地。大本山、高野山金剛峯寺直末、十五等格院である。 沿革 開基は平戸大學、開山は長雄である。長雄は寛永元年三月五日入寂すと云へば、當寺の草創は德川時代の初期と推定される。寛永十年二月十五日議定の關東古義眞言宗本末竝寺領有無帳に、石川寶生寺末、御除と見える。神佛分離以前は、神明社・鹿島社・諏訪社、及び第六天社の別當を兼帶して居た。明治三年、本堂を再建した。同七年、元町增德院の末寺となり、大正十五年六月二十九日、更に大本山高野山金剛峯寺の末寺となつた。 本尊 本尊藥師如來の坐像高七寸、鎌倉佛師の作、脇侍日光・月光は各高七寸五分である。 堂宇 現今の堂宇は、本堂(桁行五間半、梁間四間半、四注造、草葺。)及び庫裡(桁行四間半、梁間四間、草葺。)である。(「横浜市史稿 佛寺編」より)