六地蔵詣 (読み)ろくじぞうもうで
改訂新版 世界大百科事典 - 六地蔵詣の用語解説 - しかし依拠すべき経典儀軌がないため,各尊の形像や名称は一定しなかったようで,鎌倉時代の図像集である《覚禅鈔》や《白宝口抄(びやくほうくしよう)》は,さまざまな種類の六地蔵をあげている。《源平盛衰記》は,西光法師が京都に入る七...
…しかし依拠すべき経典儀軌がないため,各尊の形像や名称は一定しなかったようで,鎌倉時代の図像集である《覚禅鈔》や《白宝口抄(びやくほうくしよう)》は,さまざまな種類の六地蔵をあげている。《源平盛衰記》は,西光法師が京都に入る七道の辻ごとに六地蔵を安置したという話を記しているが,盆の7月24日に六地蔵を回るいわゆる六地蔵詣は,京都では15世紀末ころからはじまった( 地蔵盆 )。さらに江戸時代初期の17世紀になると,賀茂深泥(みぞろ)池(のち出雲路の上善寺に移る),山科四宮の徳林庵,伏見六地蔵の大善寺,上鳥羽の浄禅寺,桂の地蔵堂,常盤(ときわ)の源光寺の6ヵ所の地蔵を回る〈山州洛外六地蔵詣〉が盛んになった。…
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2.
コトバンク for iPhone
コトバンク for Android
Copyright © DIGITALIO, Inc. All rights reserved.