甑島に残る里武家屋敷跡を訪ねてみた
甑島に残る里武家屋敷跡を訪ねてみた

甑島に残る里武家屋敷跡を訪ねてみた

上甑島にある里武家屋敷跡を訪ねてきました。また近辺にある亀城跡、里八幡神社、県の無形文化財「内侍舞」、有形文化財「大般若波羅蜜多経」についても調べてきましたよ。

鹿児島の観光と言えば、桜島を見たり、西郷さんゆかりの場所に行ったり、白熊や黒豚を食べたり……と、いうのが、一般的な観光イメージではないでしょうか? でも、薩摩半島と大隅半島、そして離島まで含め、南北600kmにも及ぶ、鹿児島県には、まだまだたくさんの魅力あふれる場所があります。 今回はそんな場所の中.

【鹿児島市吉田】手ごね蕎麦 縁鹿庵:鹿児島の蕎麦好きに圧倒的な支持を集める名店

鹿児島市の吉田に美味しい蕎麦屋さんがある!以前よりそんな情報をキャッチしながら、お店の定休日と私の仕事の休みが被ってしまいなかなか行けなかったお店「手ごね蕎麦 縁鹿庵」さん。 お出かけ先のタイミングなどもあったわけですが、ほぼ3年越しでようやく訪ねることができましたので、ここにご報告させていただきま.

【薩摩川内市】武家茶房もんじょ:地元の食材にこだわった入来麓武家屋敷群を代表する古民家カフェ

twitterを通じてやりとりをさせて頂いていた「薩摩川内市入来町地域おこし協力隊」の@スーグル氏と会食をするために入来へ(^^)/⇒スーグル氏のブログ そこで訪ねたお店は入来麓を代表する古民家カフェ「武家茶房もんじょ」さん こちらでは落ち着いた雰囲気の古民家で、Iターンで関東から来られたご夫.

【薩摩川内市】旧増田家住宅:入来麓の国指定重要文化財で古き良き日本家屋の素晴らしさを堪能

以前に入来麓を訪ねた折、国の重要文化財である旧増田家住宅が、かやぶきの取り換えメンテナンス中で見学ができなかったので、今回改めて訪ねてみました。 アクセス JR川内駅からバスで約45分、車で約25分の場所にあり、入来麓武家屋敷群を目指せばたどり着きやすいです。 地図 旧増田家住宅とは? 旧増田家住宅.

【薩摩川内市】入来麓武家屋敷群、清色城跡、寿昌寺跡と春の散策にもってこいの史跡巡り

入来麓は、知覧武家屋敷群や出水武家屋敷群と並ぶ、三大武家屋敷群です。 薩摩の武家屋敷群とは? 江戸時代、薩摩藩は領内を100以上の区画に割り、外城、麓、地頭仮屋という独自の統治システムを構築していました。これは、各地方に地頭職を設け、その地方の軍備や関所を整備し、他国からの入国者に徹底的に備えるため.

【南九州市知覧町】知覧武家屋敷群

【南九州市 知覧 知覧武家屋敷群)】※高齢者・介護者向け情報あり 「薩摩の小京都」 すでに全国的に知名度抜群の知覧武家屋敷群を訪ねた。 約260年前から変わらぬ姿を保ち続けるこの場所に一歩足を踏み入れるとタイムスリップしたかのような感覚に陥る。そして、不思議と空気の静けさとは裏腹に、薩摩武士の熱い.

ワクワクしながら、上甑島と下甑島にある、それぞれの武家屋敷跡に向かってみました。なお今回は、里武家屋敷跡のご紹介です!

甑島の記事 甑島の星空を見に行こう!【薩摩川内市 甑島列島】

甑島遠征報告第二弾です(^^)/ 前回の記事は下記からどうぞ! 甑島の移動は乗り物必須なわけですが、甑島を車でぐりぐり巡っていると、その景色の素晴らしさに感動するとともに、夜にも来てみたいなぁ…と、いう衝動に駆られてきます。 そう、星空を見てみたいなぁと、思うわけです。 星空はどうしても光の影響を受.

甑島の記事 甑島に架かる3つの大橋を渡ってきた!【薩摩川内市甑島列島】

新年あけましておめでとうございます。 新型コロナウイルスの影響で、どうにも息が詰まるような世の中になっておりますが、基本となる、”手洗い”うがい”マスク着用”をしっかりして、疲労やストレスを蓄積させないよう、今年も楽しく過ごしていきたいものです。 さて、前置きはこれぐらいにして、新年最初の記事は、昨.

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Table of Contents

甑島の武家屋敷跡とは?

亀城跡 釣鐘の存在 亀城跡の場所は?
  • 住所:鹿児島県薩摩川内市里町里1683
  • 地図(GoogleMap)

里武家屋敷跡の様子

里武家屋敷跡の場所は?
  • 住所:鹿児島県薩摩川内市里町里
  • 地図(GoogleMap)
里八幡神社の存在 里八幡神社の内侍舞とは?

鹿児島県指定無形民俗文化財 甑島の内侍舞(「古式の直会」を含む) 平成十三年四月二十七日指定

毎年、十月の第三土曜日夕方から日曜日にかけて(従来は旧暦九月十八日・十九日)里八幡神社の秋の大祭で奉納される内侍舞は、由来が古く、格調高い舞といわれています。

大祭は、式典次第に従って行われ、神楽太鼓の音とともに内侍舞が始まります。

内侍は〈マツジョウ〉と呼ばれ、毎年、年番の地区の女子中学生から選ばれ、髪に髢(かもじ)を付け、綿入りの赤紐を六本垂らした真鍮製の冠をかぶり、紋付の着物に前掛けと麻製の打ち掛けを羽織り、伝承の順と型通りに神楽太鼓の音に合わせて舞います。

内侍舞の後、直会〈オミキビラキ〉があります。ふつう直会は、神事終了後に席を改めて撤下した物(神前にお供えした物)を戴きますが、ここ八幡神社の直会は祭典の一環として行われる「古式の直会」で、内侍舞と共に県下でも貴重な神事といわれています。

また、二日目の午後からは相撲大会が催され、相撲甚句にあわせて相撲踊りも奉納されます。

平成二十二年十二月 薩摩川内市教育委員会

甑島の内侍舞(「古式の直会」を含む) 内侍舞の動画 里八幡神社の大般若波羅蜜多経とは?

鹿児島県指定文化財 里八幡神社の大般若波羅蜜多経 平成三十年四月二十日指定 管理者 薩摩川内市

八幡神社の創建は定かではありませんが、『薩隅日地理纂考』や「甑島旧跡考』などによると、嘉祥二年(八四九)に仙台の新田神社の宮里壱岐神主が瓊瓊杵尊の分霊を奉じ、里に八幡神社を創建したとされています。

本殿はケヤキ造りで、鞘殿の中に納まっており、本殿の内陣(神座の前)に大般若波羅蜜多経(全六百巻)は保管されていました。

大般若波羅蜜多経は中国唐代の僧侶で、三蔵法師で有名な玄奘三蔵が、インド等から般若経典群を持ち帰り漢訳した、全十六部六百巻に及ぶ経典群の総称です。

奉納されている大般若波羅蜜多経は、江戸時代初期の寛文一〇年(一六七〇)に京都で版行されたもので、甑島でイワシ漁が盛んだった十七世紀末の貞享五年(一六八八)に阿久根のイワシ漁関係者がそれぞれ豊漁を祈願し、寄進したものと考えられます。

薩摩藩は、江戸末期から明治初期にかけて徹底した廃仏毀釈を行い、藩内の寺院は全廃され、寺院の仏像・経典なども破壊されています。里町内では、トバシラドンに仏像・経典が集められ、焼かれたと言われています。こちらの大般若波羅蜜多経は、神社に保管されていた為、その難を逃れたと考えられます。

全巻そろっていることは県内唯一で、大変珍しく貴重な文化財として、県指定有形文化財に指定されました。現在は、川内歴史資料館に大切に保管されています。

平成三十一年三月 薩摩川内市教育委員会

里八幡神社の大般若波羅蜜多経 里八幡神社の場所は?
  • 住所:鹿児島県薩摩川内市里町里1593
  • 地図(GoogleMap)

まとめ

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